第2話 少女の能力

「は?」


なにこれ・・・草原?え、私・・・死んだ?


草原・・・そう表現するしかないほど、クラスのみんなに草原の絵を書いてって言えば大体こんな風景を提出するよねっていうくらいの草原・・・。

この後ろにある大きな木なんて絵の端に書くのに丁度いいし・・・ってそうじゃない。


え?待って、なんで私、こんなところに?

待って、もしかして電車が事故かなんか起こして・・・?

待って待って、ここって天国なの?

制服のまま?こういうとこに来たら白いワンピースかなんか着てるんじゃないの?


待って待って待って待って・・・待ってよ・・・。


わけがわからなくて思考も全然まとまらない私が少し後ずさりをすると、


 コトリ


何かが私の踵に当たった・・・。

足元に視線を落とすと、そこには剣があった。

両刃の・・・よくゲームで見るようなやつ。

でもこういうのは大体刃の部分は白いのに、この剣は・・・なんか赤い?十円玉みたいな色・・・。


私はその赤い剣を拾って近くで見てみた。

・・・重い。剣ってこんなに重たいんだ。


え?っていうかなんでこんな所に剣が落ちてるの?

っていうかそもそもここは何処なの!?


ハッ!これは夢・・・夢なんじゃない!?

ホラッ、たまーにあるじゃない。ハッキリ夢だってわかっちゃうやつ。

アレよ・・・あ・・・。


・・・・・・嫌だ。いやだイヤだ嫌だ。認めたくない!

認めたくない・・・けど・・・。


これは夢じゃない・・・。

夢は夢だと認識するのだけれど、だからこそ今が夢じゃないというのがわかっちゃう・・生きている・・・。全身がそう言っているもの・・・。


もしかしてこれ・・・お兄ちゃんが読んでたラノベによくある異世界転移ってやつじゃ・・・。

ううん、たぶんそう・・・。だってそうとしか説明ができないもん。


ほら、向こうの方にはアニメでよく見るゴブリンが・・・。


ゴブリン!?

しかもこっちに向かって走ってくる!!


「いやぁぁぁぁーーー犯されるぅぅぅぅ!!」


ゴブリンっていえば苗床でしょ!?

お兄ちゃんがコソコソ読んでた本に書いてあったもん!出かけた隙に本棚の奥に隠している本を見たら女の人が酷い目にあってたもん!


いやよ!あんな目に合うのはいやぁ!

初めてが緑色のバケモノだなんて・・・冗談じゃない!!


走れ!私!!

もうこの時のために陸上部に入ったってことにしたっていい!

アイツから逃げ切るためにエースとして頑張ってきたと思え!


だめよ、こんな崩れたフォームじゃ・・・。

いつもの・・・いつもの走りを見せるのよ!


私は次第に乱れた呼吸と姿勢を戻していき、いつも放課後に見せている必死に頑張って習得した綺麗なミッドフット走法に戻していく。


私が本来の実力を発揮し始めると、醜い緑色のゴブリンとの距離はどんどん広がっていき、姿がかなり小さくなったところで、こちらを追うことを諦めたようだ。


「ハァ・・・ハァ・・・怖かった・・・」


どうしよう、いきなりの事だったとはいえ、あの赤い剣も投げ捨ててきちゃった・・・。

でもあっちに戻るのは絶対に嫌だし・・・。


私は改めて周囲を見渡してみる。

周囲全てが草原かと思われたが、よくよく見ればさっきのゴブリンが走って来た方向には遠くに山が見えるし、その反対の私が体を向けている方向はここが少し小高い丘になっているのか、草原が少し続いた後は地面が途切れているように見える。

左手には遠くに森が微かに見えるけど、右手は果てしなく草原が広がっていた。


「戻るのは御免だし、森になんか入りたくない・・・草原ばっかで何もない方向にも行きたくないから・・・このまま進んであの先がどうなっているのか確認してみよう」


声を出して自分自身に指示を出すようなことをしないと、おかしくなっちゃいそうだった私は、これからの方針を呟きながら歩みを進めた。


お腹空いた・・・こんなことなら朝食を抜いてくるんじゃなかった・・・。

水が飲むたい・・・ミルクティー飲みたいぃぃぃーーー!!




どれだけ歩いて・・・走っただろう・・・あれから二回もゴブリンと遭遇し、その度に私は全力で逃げた。


もう・・・もう次追いかけられたら・・・とても逃げ切れるとは思えない・・・。

ここにまできて鞄が無いことにも気が付いたけど、教科書しか入ってないあんな荷物は持っていてもしょうがないし、どうでもよかった。


スマホはスカートのポケットに入っているけど・・・。


「やっぱり電波はないよね・・・」


スマホを使えるチートとか・・・あ!そうよ、チート・・・チートは!?

異世界に来たらもらえるんでしょ!?


そうよ、こういうときはアレだ!なんで今まで忘れてたんだろう。


私はゆっくりと深呼吸をしてその言葉を口にする。


「ステータスオープン!」


多大な期待を乗せたその声は、虚しく草原に響き渡った・・・だけだった。


え?嘘・・・なんで!?


「状態表示、設定、設定表示、ステータスボード、ステータスボードオープン!スキルリスト!スキルチェック!鑑定!!鑑定発動!!ウィンドウ!!ウィンドウオープン!!!開いて!!開いてよぉ!!!!!」


 ガサッ


絶望の音を私の左耳が知らせてくる。






ゴブリンだ・・・。私の声を聞いてやってきたんだ・・・。


「い・・・や・・・」


体が震える・・・涙で滲む景色の先で・・・、


緑色の手が迫ってきた。

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