第49話:悪意の出どころ


『昨日の夢の中に片中サヤカちゃんが出てきた』


 虚偽の報告を俺はネット掲示板に書き込んでいた。


 とある日の朝。二学期が始まってちょっとした日々のこと。というか夏休みは病院で過ごしている内に過ぎ去っていったとも言える。俺は寝ぼけまなこを擦りながら、キッチンに立つ。今日は米と味噌汁と浅漬けと佃煮。なんか意地でも朝飯に肉を用いない俺の我儘だが、今のところルイとタマモからはブーイングは来ていない。


『お。新しい同士か』


『いい経験だったろう?』


『サヤカちゃんにザーコザーコって言われて踏まれるのは至高だな』


『これでまた一人メスガキ系ビッチアイドルのファンが爆誕』


 あー。やっぱりそういうアレか。今のところ俺の夢にサヤカは出てきていないのだが、サヤカのファンが皆共通の夢を見ているのは事実らしい。ネット上の噂を確かめるために虚偽のコメントを投げたのだが、実際にサヤカに雑魚扱いされて踏まれるというのはオメガターカイトのファンに共通の認識の様だ。いや、踏まれて嬉しいか?


「おわよ~」


「…………おはようございます」


 で、ネットの反応をスマホで見ながら、料理の手も止めない。とはいえ米を炊いてお湯を沸かす程度だ。味噌汁だってインスタントだからな。


「はあ。米と味噌」


「…………美味しいです。……はむ」


 もう今更っちゃ今更だが、俺の用意した朝飯を食べて、覚醒を促すルイとタマモ。サヤカは外泊をあまり推奨されていないらしく、タマモほど入り浸りというわけにはいかないようだ。


「今日の予定は?」


「グラビア撮影があるけど夕方には帰ってこれるぞ」


「…………コマーシャルの打ち合わせが」


 オメガターカイトも躍進したものだ。コマーシャルの案件を取ってこれるというのは事務所としてもいい事だろう。基本ルイの一人勝ちみたいなところがあるが、タマモがコマーシャルに出れるということは、そこそこ芸能界での立ち位置も確立したと取れないこともない。


「頑張れよ」


 もちろん俺は学校だ。


「今日の夕ご飯はー?」


「牛丼でも作ろうかなって」


 そんなわけで、二人とも今日は学校を休むらしい。


「鍵はかけて出ろよ」


 と俺は一言残して、先に家を出る。登校するのだから遅刻は厳禁。ルイとタマモのスケジュールは学生よりはほのぼのとしているらしい。とはいえ一秒の遅刻が信頼を削るのだと本人らが言っていたが。あくまで時間が朝早くではないという意味でルーズなだけで、指定された時間に現れる義務は学生では比較できないのだろう。


 中略。


「あー。じゃあ。ホームルーム始めるんだが」


 今日の授業を終えて、放課後のホームルームに突入。俺的には茶番なのだが、クラスの委員長も悪意があって俺を引き留めているわけではない。どうせ色々と何かあるんだろう。と思っていると。


「じゃあ今日は文化祭でクラスが発表する課題について議論したい」


 と言い出した。文化祭。たしかに二学期に入ったのだから、そういうものもあるのか。


「ってわけで課題を決めたいと思うのだが、とりあえず言ってみてくれ。ブレーンストーミングで進行していこう」


 カツンと黒板にチョークを指して、進行役の委員長がそう言う。


「お化け屋敷」

「謎解き」

「喫茶店」

「たこ焼き」


 つらつらと提出されるアイデアを書き連ねていく委員長。何か俺以外のクラスメイトが一様に心を重ねている気がする。担任の教師も口を出す気はないらしい。


「資料公開で手を打たねえ?」


「俺はバンドがあるから手伝えないぞ」


「部活の方の企画がー」


 云々。


 正直俺にはどうでもいい。どうせ俺には何も求められていない。適当に準備だけ手伝って終わりだろう。


「じゃあメイド喫茶とかどうだ?」


 一人の男子がそう言った。まぁベタというか。王道というか。


「いいんじゃね? ウチのクラス、レベル高いし」


「メイド喫茶かー」


「ちょっと男子。いい加減なこと……」


「ええー。山田さん可愛いからイケるってー」


 などなど。


 男子が言ったウチのクラスがレベル高いのどうのという発言は、この場では正答だったらしく、言われた女子らもまんざらではない様子。もちろん俺は一言も発言していない。このクラスの女子が可愛いというなら、ルイやタマモはどういうレベルだ。


「まぁ可愛い格好をするのは構わないけどー」


「衣装はどうする? 予算で足りる?」


「あー、はいはい。私裁縫できるよ」


「じゃあメイド役と裏方と裁縫グループに分かれる?」


 何かもうメイド喫茶をやる方向に進んでいた。飲食系なら検便をしなくてはいけないのだが、そこまで考えているのだろうか。まぁ俺は裏方だな。


「えーと。じゃあメイド喫茶で決定でいいかい? 異論がある人は挙手してくれ」


 もちろん俺にはどうでもいい。


「じゃあ決まりだ。予算は進行会議でもぎ取ってくるからいいとして、人員だけある程度決めておこう。メイド役をやりたい人をまず決めようか。自薦他薦を問わないが」


「まぁ山田さんはまずメイドだよな」


「木下さんを推薦しまーす」


「飯崎さん一緒にやらない?」


 そんな感じでメイド役が決まっていく。俺がホケーッと黒板を眺めやっていると、後ろから声が聞こえてきた。


「はいはーい。佐倉さんとかオススメ~」


 俺は教壇前の席。ほぼ八割以上の生徒は俺の背後にいる。その一人が声に喜色をにじませながらそう言ってきた。悪意……というか幼稚な悪戯の感情が声から聞こえる。そこでクラスの空気が少しざわつく。男をメイドにするという業の深さに議論している。


「せっかくメイド喫茶するんだからネタ必要だと思うんだよなー。佐倉だったらウケ取れねぇ?」


「桂木さん? おふざけで人を巻き込むものではありませんよ。悪意は常に自分に跳ね返るというものを自覚してこそ社会に必要な能力が……」


 とくどくど声の主に説教を始める担当教諭。司会役の委員長が俺を見た。


「やりたくないでしょ?」


「やってもいいぞ」


 だから俺は別に否定はしなかった。


「えーと。メイド服着るんだよ? 女装だよ? いいの?」


「すでに通った道だ」


 俺はサヨリ姉からセクハラを受けていて、女装なんて限りなく強要されてきた。


「あ、じゃあ俺も佐倉くん推薦しまーす」「僕も」「こっちも」


「えー……」


 というわけで俺はメイド役に抜擢された。準備をサボれるなら当日のメイドくらいは甘んじてうけよう。

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