第48話:萌えキュンオムライス
「お帰りー。マアジ」
食材を買って家に帰ると、ルイが待っていた。今日はタマモはいないらしい。というか既にメッセで都合は聞いているのだが。俺がここで杏子とカラオケに行っていたと自白するとルイはどういう顔をするだろう。
悩みというには深刻で、なのに滑稽さも加味している。
「はい。マアジ」
その俺の事情を知らないルイはニコニコ笑顔でとあるブツを俺に差し出す。それは俺の目がどうにかしていない限りメイド服に見えた。それもピンクと白のチェックの入ったフリッフリの奴。
「ソレが何か?」
「着るぞ」
「ルイが?」
「やだなー。マアジに決まっているぞ」
「ナゼェ……」
「萌えキュンオムライスを作ってくれるんでしょ?」
おうともよ。
仕方ないのでメイド服を着る。というか、着替える場所は……寝室でいいか。ゴソゴソと衣擦れの音を発しながら着替える。ピンクと白の暴力。フリフリのエプロンドレス。頭にメイドカチューシャを付けて。徹底的にニーハイソックスまで用意するルイのガチさに俺はちょっと当惑する。胸は無いのは勘弁な。
「はわ……はわ~~ッ」
で、着替えてキッチンに立つと目をキラキラさせているルイがいた。そういやコイツ腐女子だったな。あんまり人のことは言えんが、俺がメイド服着て楽しいか?
「神!」
さいですか。
「これはヤバイ。ちょっと衝撃。写真撮っていい?」
「誰にも見せるなよ」
恥と思うほど純情ではないが、俺のメイド服姿を公衆の面前に晒されるのも憚られる。
「大丈夫! おかずにするだけだから!」
ほんとーにこいつはよー。
とはいえ作らないことには始まらない。俺はケチャップライスを作り始める。米は既に炊いているし、具も買ってきている。細かく刻んで米と混ぜて、ケチャップをひり出しつつフライパンで炒める。
「はわー! はわー! ボクのメイドさんが料理作ってるぞ……」
頭痛のする思いだが、あえてツッコまず。ケチャップライスを作り終えた後、今度は卵でオムレツを。感覚で半熟に焼いて、ライスの上に盛り付ける。
「ほい。オムライス」
コトリ、とテーブルに置くと、キラキラした目で俺を見るルイ。うん。まぁ。前日に言った通り。やるなら全力だ。
「コホン」
咳払い。
「では美味しくなる呪文を唱えさせていただきます」
「許可するぞ」
何様だ。ご主人様か。
「美味しくなーれ♡ 美味しくなーれ♡ 萌え萌えキュン♡」
「…………」
どうした?
眉間を摘まんで天井を見上げるルイ。
「鼻血出そう」
そこまでか。
「やはりマアジはマジ天使」
「じゃあ食ったら洗い場に皿置けよ」
俺は自分の分のオムライスを作らねばならない。
中略。
「御馳走様でした!」
はい。お粗末様でした。俺は皿洗いに移行する。
『オメガターカイトの! 青春は愛より出でて愛より青し!』
風呂に入るには半端な時間で。暇つぶしにルイがテレビを見始めるのも既にルーチンワークというか。俺も見たかったネット番組だ。オメガターカイトをメインに据える番組。
お笑いタレントを呼んで、ガヤガヤと番組内で盛り上がる話題を提供する。まぁ言ってしまえば雑談番組なのだが。
『ルイちゃんは好きな人とかいないの?』
『いませんよー。応援してくれるファンが恋人みたいなところありますから』
…………。
『じゃあキスとかもまだ?』
『この話題続けるんですか? キス処女ですぞー』
…………。
『じゃあもし好きな人が出来たら』
『想像できませんけど、真摯に対応したいと思うぞ』
…………。
『一緒のベッドで寝たり』
『想像できないぞ。ボクが男の人と同衾なんて……』
なんだろう。番組内の黒岩ルイが微笑みながらお笑い芸人のセクハラトークに応じるたびに俺の中の何かがひりついてくる。
「マ・ア・ジ?」
「何か?」
「ん……ちゅ……♡」
皿洗いを終えて、番組を視聴する俺の隣に座っているルイが、俺の膝をさすって、俺のキスをしてくる。そのキスを受け止めつつ、俺は何を言うべき悩んでいた。
「キス処女ではないので?」
「アイドルのルイは此処にはいないから……ん……ぅむ……」
ねっとりと舐めとるようなキスをするルイと、それを受け止める俺。こっちからキスをするとルイは目を細めて応えてくれる。至福だと瞳が語っていた。まぁ俺のキスで喜んでくれるなら俺としても願ったりだが。
「好き……大好きマアジ……アイドルじゃなかったら襲ってる」
既に襲われているんだが。
好きな人がいて、キスしており、真摯とは言えない爛れた恋愛をして、一緒のベッドで寝ている。テレビの向こう……番組内で笑んでいるルイは俺にとっては遠い存在で。
「ほら。マアジを想ってドキドキしてる」
俺の胸板におっぱいを押し付けて、心臓の鼓動を聞かせてくるルイ。そのドキドキに俺はどう応えればいいのか悩んでしまう。キスが続く。俺にドキドキしているルイは、その発情のままに俺の唇を貪る。
「大好き。ボクの王子様。マアジだけがボクの全て」
それが過大評価だと俺が言っても聞かないのだろう。
ルイにとって俺はかなり評価が高いらしい。その根幹にある認識を、俺が知らないということを何となくながら察している。金成モミジ。俺の自称母親が俺をそう呼んだ。それと同じ名前を夢の中でルイは呟いていた。だから何と言われると俺にも悟ることはできないのだが。
「どうかな。ボクのおっぱい」
ムギュッと押し付けられて変形している乳房を胸板で感じつつ、俺が思うことは然程多くない。
「襲っていいか?」
「もちろん♪」
俺の忍耐にも限度はある。相手がそれを望んでいることを百も承知で、俺は拒絶してほしかった。俺にとってそういうことは安易にするべきではない。ていうかルイのアイドルとしての立ち位置にも関わる。はあ。結局こうなるのか。ディープキスで俺の唾液を舐め取ったルイが、
「……ふゎ?」
俺を置いて眠り出した。南無八幡大菩薩。俺の側は……まぁ、色々と。
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