第46話:杏子の憂鬱


「…………」


 学校でのこと。


 一人、昼休みに飯を食っていると、同じ席に対面に杏子が座った。


「失礼」


 別に構いはしないが。俺もちょっと何を言っていいのか悩んでいた。というのも学内に友達がいないので、口を開くというのが珍しい。精々講義であてられるか教師と会話するくらい。その俺の席の対面に座って、いただきます、と合掌する女子。


 金色の髪の美少女で、その御尊貌は男が狂える程度には愛らしい。


「角夢……杏子」


「フルネームで呼ぶほどびっくり?」


「まぁ」


 コイツが何を考えているのか。俺にはよくわからない。けれど分からないなりに、何を思っているかは察しえて。


「パンツ欲しい?」


「例えばだけど、欲しいって言えばくれるのか?」


「ここで脱ごうか?」


 是非止めて。


「で、何しに来たんだ?」


「ちょっと元気貰いたくて。マアジの顔を見ると元気が出るの」


「本当に?」


「言ったでしょ。推しなの。マアジは。私にとって」


「言っとくが推してくれとかいうなよ」


「ルイを推しにしたの?」


「あー……」


 フェス前の箱ライブのことを言っているのだろう。


「単なる迷い箸だ。まぁルイが無難かなって」


「ルイってどう思う?」


「トップアイドルを名乗るだけのポテンシャルはあると思うぞ。可愛いし。パイオツ大きいし。太ももむっちりしてるのにウエスト細いし」


「男子サイテー」


 しょうがあるまい。男子の業だ。


「オメガターカイトはどうだ? うまくやれてるか?」


「うーん。まぁ。ちょっと。ねえ」


 何その含みのある言い方。


「マアジに相談してもしょうがないんだけどさ。ちょっとメンバー内が不和で」


 ……しょうが……ないんだろうか。


 ちなみにどんな……と聞きたいが、こっちの背景を悟られるわけにもいかないし。


「ルイとタマモがね。ちょっと私と距離あるなぁって」


「嫌われた……ってことか?」


 慎重に探りを入れる。俺がこの話題に興味があるとは悟られてはならない。その上で相談に乗っているというていで、話を進める必要がある。


「まぁ違和感程度だけどさ。ダンスのパートとかで悩みがあっても、メンバーじゃなくてコーチに聞くのよね。まぁだからなんだって話なんだけど。今までは三回に一回くらいはメンバーで話しあって問題解決してたんだけど、今はコーチにべったり」


「遠慮しるんじゃないか?」


「まぁ仮に嫌っていても同じメンバーなんだから面と向かって嫌いなんていうルイやタマモじゃないんだけどさ。コーチとダンスパートの問題を解決しても、合わせるのは結局オメガターカイトじゃない?」


 まぁ否定はしない。


「別に私だけハブられてるってわけじゃないの。うーん。勝手に思ってるだけだけど、私と距離を取るためにメンバーと距離取ってるなって思うのよ」


 何その高度なイジメ。友達のいない俺には高度過ぎて何とも言えない。


「かの黒岩ルイが……ね」


「私が何かしたのか。あるいは他メンバーが原因なのか。仮に私が原因だとして問題点も分かってないのにごめんなさいって言えないしさ。何に対して謝っているのかって聞かれても答えられる自信ないし」


「時間を置く……っていうのは」


 こんなことしか言えない自分が悲しい。


「まぁ許してくれるならそれでもいいけどさ。メンバーとしての不和がライブに乗らないか不安でね。ね? 言ったでしょ? 相談してもしょうがないって」


 しょうがなくは無いのだが、それをココでは言えないというか。


「で、まぁ、相手も不和を起こさないために……もっと言うのならオメガターカイトの完成度を損ねないために黙っていると思うの。低レベルな喧嘩して亀裂いれるより、大人的に距離取って、今のままで進行しようって」


「ただ、それも勘だろ?」


「そーなのよねー。だから困ってるの。勘違いだったら杞憂だけど、怒らせてるなら言ってほしいみたいな」


 俺はうどんをすすった。ちなみに今日のメニューはゴボウ天うどんだ。


「マアジだったらどうする?」


「さてな。友人がいないから、俺にはその経験値が圧倒的に不足している」


「あ……ゴメン」


 杏子が謝るのも気持ちはわかる。俺から友人を奪ったのが杏子なのだから。ただ自白というか自裁というか、俺の事情を彼女がカミングアウトするのを、俺が止めていた。杏子が俺を陰謀に陥れたと宣言すれば、傷が残るのは俺と杏子双方だ。杏子は詰られるだろうが、それによって得られるプラスが存在しない。杏子がそのことを悔やんでいるのは知っているが、それを逆手にとって、俺は制止していた。


 本当に俺を想うなら、その嘘を最後まで突き通せ。


 謝るだけで済む問題ではないし、俺には賠償を求める意思がない。杏子が苦しむことを知った上で、俺は黙秘を選んでいた。


「普通こういうときって私を貶めてざまぁって感じなんだけど」


「ま、そんなに謝罪したいなら脱ぎたてパンツでもくれ」


「ここで脱げばいい?」


 これをガチで言うからなぁ。


「今日は営業するのか?」


「おやすみ。だからマアジと一緒したいんだけど」


「何をする気だ?」


「ナニ」


「却下で」


「例えばだけど」


 こんなに信じられない「例えば」もそう無いな。


「私が此処で破滅するって言ったら止める?」


「そりゃな」


「じゃあそれを盾に一緒にいてって言ったら承諾する?」


「場合による」


「マアジは優しいから。多分肯定してくれるよ」


「嫌なことは嫌っていうぞ?」


「ううん。知ってるから。マアジは、女の子を泣かせることはしないの」


「すっごい俺の意識で反論が暴れているんだが」


「じゃあ今日はカラオケ行こうね」


 俺と一緒でいいのか?

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