第40話:モミジとルイと【ルイ視点】
ボクこと黒岩ルイが十歳の頃。小学生をやっていたボク。
「それを飲め。そしたらお母さんには酷いことをしないって約束しよう」
そんな風にお母さんの恋人がボクに提案してきた。特に色も付いていない水だが、まさか水を飲むだけで恋人がお母さんを幸せにするとは思えない。そんな暇があるなら、お母さんの恋人……つまり義父である男はお母さんに優しくしているだろう。だからこの水には何かある。
お母さんはお父さんと結婚して私を産んだ。けれどお父さんは早くに亡くなって、お母さんはシングルマザーでボクを育ててくれた。その『ボクを産んだお母さん』というのが義父には許せなかったらしい。学生時代にお母さんと恋仲になっており、けれど大学時代に別れた。それから就職したお母さんはお父さんと巡り合って結婚。ボクという子どもを作った。そのお父さんにお母さんを寝取られたと義憤した義父は、お父さんの血が流れるボクを弾圧した。それを止めようとするお母さんにまで暴力を振るっていた。
「お前は俺に抱かれてりゃそれでいいんだよ!」
子供の頃は分からなかった言葉も今は分かる。
とにかく青春時代にお母さんと付き合っていた義父は、お母さんの身体だけを求め、そこから生まれたボクは残骸でしかなかったらしい。
幼い頃のボク……黒岩ルイも、義父から渡された水の入ったコップを受け取って、そのままどうしようもなく追い詰められていた。
「よ。ルイ。遊ぼうぜ」
で、近所に住んでいるモミジとはボクは仲良しになっていた。アパート街の寂れたアパート。どこに行くにも不便で、あえていいところを上げるなら駐車場があるくらいだ。そんな都会開発に置いていかれたアパートにあえて住もうとする人間は、まぁ貧乏人くらいで。ボクの家も、モミジの家も、貧乏だった。
なのでボクたちは仲良くなった。
貧乏でも心は聖人。そんな朗らかな笑顔で、モミジは僕に笑んでくれる。そのことがボクには嬉しくて、黒岩ルイはモミジに惚れこんだ。そうして二人、小学校に通って、帰ったら一緒に宿題をする。それも終わったら金のかからない遊び……キャッチボールをして遊ぶ。それだけがボクとモミジを繋ぐ絆だった。
「モミジは格好いいぞ!」
「ルイは可愛いぞ」
「じゃあ結婚して!」
「いいな。二人で結婚して幸せになろうぜ」
子供のうっすい口約束。でもだからこそ子供ながらに幸せを感じた。モミジならボクを幸せにしてくれる。だからボクはモミジに相応しい女の子になろう。
「で、それはなんだ?」
義父に差し出されたコップに入った水。それをボクは飲まねばならない。
「はー」
そんなことを要求する親がいるのな、とモミジは驚いていた。
「まぁ毒だろうな」
デスヨネー。
飲めと?
「じゃあ俺が飲むよ」
…………?
…………?
…………は?
「だから俺が飲む。自然毒か化学毒かは知らないけれど、ルイに飲ませるわけにはいかない」
でもそんなことしたらモミジがッッ!
「ああ、大丈夫。どうせウチの経済状況で言えば俺か母さんが死なないと立ち行かないところまで来てるから」
だからって他人の家の都合に付き合って、ついでに死ねる…………と、モミジはそう言っているんだよ?
「だな」
その声には冷静ささえあった。自暴自棄になっていない。なんでそんな明晰な意識の中で、服毒自殺を選べるのか。
「理由は二つ」
モミジの左手のピースサイン。
「一つはルイの義父の排除」
「えーと」
「その義父が用意した毒で俺が死んだら警察が動く。そうして法的に逮捕されたら、ソイツの横暴はルイの家庭から一掃される。ていうか間接的とはいえ殺人だから、多分一生ルイとルイのお母さんには手出しできなくなると思うよ」
いや。だから。そのためにモミジが死ぬというのが。
「で、二つ目」
どこまでも涼やかなテンションのモミジがボクには憎らしい。
「そうして命を賭けてルイを救ったら、ルイにとって俺ってヒーローだろ?」
「そりゃ……」
そうだけど。
「きっと死ぬまで感謝してくれると思うんだよな。だからそのために俺は死ねる。むしろルイの一番大切な人になれるなら、俺は此処で死ぬべきだ」
「やっぱダメ!」
モミジから毒を取り返そうとする。
「ちょっと遅かったな」
けれど、ヒョイとモミジは毒を呑み込んでしまった。
「あ……あぁ……あぁぁ…………」
「じゃ。警察と病院を呼んでくれ」
そうして、神経毒を呷ったモミジは死の直前まで行った。
中略。
「あの……琴子おばさん……」
毒を飲んで死ぬ直前まで言ったモミジは社会的に問題になった。もちろん義父は逮捕。お母さんは精神を崩して入院。モミジのお母さんである琴子おばさんは、モミジを救うために東奔西走していた。
「モミジ……なんだけど」
「もう私の子じゃないわ」
「そんな!」
唯一の味方である琴子おばさんが見捨てたら、モミジの味方はボクしかいなくなる。
「そういうことじゃないの」
「?」
「モミジが呑み込んだのが神経毒でね。その神経を癒す技術を持ったスポンサーが見つかったの」
「いいこと……じゃないぞ?」
「取引を持ち掛けられたわ」
「何と?」
「モミジを救ってあげると。代わりに戸籍上死んだことにして、モミジをあっちで引き取ると」
「飲んだの? その条件……」
「モミジが死ぬよりマシでしょ。治療する術があるなら……助けられる可能性があるなら……モミジが私の息子であることを棄却してもいい。お母さんとしてはそう思うのよ」
そうしてその頃のボクは知らなかったけど、モミジは佐倉財閥に引き取られて、佐倉マアジと名乗ることになった。神経毒も寄生植物ミストルテインで中和して、まったく後遺症もなく人外のエルフとなってしまった。そのことは佐倉コーポレーションの秘匿技術なので、ボクもマアジから聞かされるまで知らなかった。だから巡り合ったのは偶然だった。ボクのために命を賭けた世界で一番格好いい男の子は、けれど死にはせず、ただ名前だけ佐倉マアジと改めて、もう一度ボクの前に立った。だったら全力で愛する以外の選択肢があるかっていう話で。いやないね!
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