第39話:エルフの魔法


 誘拐。レイプ未遂。俺、華麗に参上。犯人らの警戒。←今ここ。


 俺こと佐倉マアジは、車で浚われたルイを追いかけて、そのまま人気のないマンションまで来ていた。


「で、正義の味方気取りかお前?」


 ロープで縛られた黒岩ルイが部屋の奥に転がっていて、それを確保するように部屋の中間にスーツ姿の男が三人。おそらくこれで全員だろう。


「正義の味方というか。ピンチのお姫様を助けるナイト?」


「儚い夢だなぁ!」


 俺の危惧した通り。


 ジャキッ!


 男たちは懐から拳銃を取り出した。この仕切られた部屋の中で、銃を取り出すというその暴挙。まぁ例えるならボクシングに銃を使うようなチート感。この狭いとは言えずとも広くもない空間で、素人とはいえ悪意ある人間の銃撃を躱せるほど、俺は人外ではない。


「一つ聞かせろ」


 で、完全に勝ったと思っているだろうスーツのおっさんの一人が、俺に問う。


「どうやってここを割り出した?」


「だから追いかけたんだって」


「車をか?」


「まぁ」


「素足で?」


「だな」


 …………。


「…………」「…………」「…………」「…………」


 なんか場の空気が何を言っているんだコイツ感ハンパない。


「交通の時間事情的にアレだが、そもそも平均時速六十キロくらいだろ。それくらいなら俺の素足も出せるぞ」


「マジで言ってるのか?」


「チーターだと最高瞬間速度は百キロを超える。草食動物の平均速度も車並って考えれば、俺の足の速さも生物学的には矛盾しない」


「化け物かお前」


「そうでもない」


 と素足の、その足の裏を見せる俺。引きつった顔になる他全員。俺の足の裏の皮がベロンベロンにめくれていた。そりゃアスファルトを素足で六十キロなら、人体の皮膚なんて摩耗する。


「痛くないのか?」


「超痛いに決まってるだろ」


 まさに何を今更だ。


「な……わけでだ。ルイを返せ。今警察が俺のスマホのGPSを追っている。サクッと逃げないと捕まるぞ」


 少なくともルイをレイプして、そのレイプ動画をネットにアップする時間はほぼ無い。


「だからってガキに舐められて歩ける稼業でもないんだよ!」


 三人の拳銃が俺をポイントする。こういう大人は舐められていると錯覚するとすぐに凶暴になる。ガキの戯言なんて聞き流せばいいのに……とは常々思っている。


 そのリアルな銃口にルイが青ざめる。


「やめて! お願い! やめて! 何でもするからぁ!」


 俺が銃殺される。それはルイにとってレイプより悪夢らしい。


「うるせえ! ここまで舐められてケツ捲くれるか! 往生せいやぁ!」


 一人の啖呵が合図だった。あっさりと引かれる拳銃のトリガーは軽い。


「だめぇ!」


 パァン! と空気の破裂する音が聞こえる。物質が音速を超えるときになる音だ。いわゆるソニックブームとかそこら辺をネットで検索すると分かるぞ。その銃弾が俺を襲って、チュインチュインチュイン! とあらぬ方向に弾かれる。


「は?」「ふ?」「ほ?」


「さて、俺の好きなマンガのセリフを代用しよう」


 コホンと咳払い。


「ピストル抜いたからには命を賭けろよ」


 俺はヒラヒラと右手を振る。その右手で銃弾を弾いたのだ。


「何しやがった!」


「右手で弾丸を弾いただけ」


「出来るかそんなこと!」


 まぁ人間の手では無理だが。


「ほら。よく見ろ」


「……木材?」


「アイアンウッドっていう硬い木を再現した。まぁ完全に銃弾を防ぐわけじゃないが、打ち払う程度なら傷もつかないな」


「木製の手甲か!」


「で、コレでチェックメイト」


 俺の手首から伸びた植物のツルが、誘拐犯たちを縛り上げて無力化する。


「「「なん!?」」」


「アサガオのツルだ。縛り刑にするときに使うんだが、ゲノムコードは改竄してるから、植物のツルっていうより登山のロープくらいは固いぞ」


 そのアサガオのツルで三人を縛り上げて、高笑い。


 わーっはっはっは!


「大丈夫か? ルイ」


 唖然とするルイ。その拘束を解いて、抱擁すると、俺の体温で現実を思い出したのか。ギュッと彼女も俺を抱きしめた。


「こ……こわ……こわかったぁぁぁあああぁぁ! うわぁああああぁぁぁんんんッ!」


 さっきまでの横暴。唐突に救いだされた非現実感。そして俺に抱きしめて貰って、漸く危機意識が現実に追いついた。


「ついでに少し負傷してもらうか」


 で、俺は右手の握り拳から人差し指と親指をピンと伸ばして指鉄砲を作る。ほら。指に輪ゴムを引っかけて撃ちだすアレのポーズ。そして俺は誘拐犯たちの足に銃弾を撃ち込んだ。パァン! と空気が炸裂する音がする。


「ぎ!」「ぐ!」「がぁあああ!」


「これで追ってこれんだろ。じゃ帰るか。ルイ」


「……その……マアジは拳銃持ってたんだぞ?」


「持ってない」


「さっきの銃撃は?」


 俺は指鉄砲の銃口をルイに向けて、ビクッと震えた彼女から少しだけずらして撃つ。パァンと空気が炸裂。銃撃の音がして、それから背後にある壁がパラパラと塗装を落とし、小さな穴が穿たれる。


「ホウセンカって知ってるか?」


「種を飛ばして種族を広げる植物だっけ?」


「そ。そのホウセンカのゲノムコードを検索して、改竄して、調整して、超音速で種を発射するオーバーソニックホウセンカっていう遺伝子改良種を体内に飼ってるの。で、その種を指鉄砲で指先から発射する。銃刀法違反に抵触しない銃の出来上がりってわけ」


「それも寄生植物ミストルテインの……?」


「だな。植物関連の能力は結構取り込んでるから」


「ッッッ!」


 ルイはそこで「へー」と言った後、能力を開示して照れ臭く笑っている俺に抱き着いた。


「ペパーミントの香り」


「承りました。お姫様」


 そして少し意識をブラッシュアップするために、俺はペパーミントの香りを出す。

 誘拐犯は足を撃ち抜かれてロープで拘束されている。このまま帰ってもいいのだが、どうせ警察が来るのだ。それまではここでブラブラするのもいいだろう。どうせ帰っても……というか。


「すまん。俺も限界……」


「ちょ!? マアジ!? マアジってば!?」


 過剰励起させた俺の脳がヒートオーバーして、俺はルイを置き去りに意識を失った。

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