第37話:拉致の前


「アイドルフェスお疲れ様でしたー」


 乾杯。というには全員湯呑だが。俺もルイもタマモも未成年なので酒を飲めない。結果、打ち上げとして選ばれた寿司屋では緑茶で乾杯する羽目になった。寿司屋。それも回らないところ。かかる経費については俺の知るところではない。ここはルイの奢りだ。そういう風に決まっている。そうして俺たちは湯呑で乾杯して寿司を注文する。此処程度なら支払いに不自由は無いのだが。それでもいつもは俺の手料理かっこはてなかっことじを食べているルイとタマモは、たまには俺に奢りたいと言って聞かず。結果こうして寿司を御馳走になっていると、そういうわけ。和風をイメージした店内に、オレンジ色の照明。やはり高級店ともなれば雰囲気からしてイメージ作りに余念がないのか。静謐な空気が漂っている。もちろん俺は高級な食材を頼んでいた。ヒラメ。アワビ。ウニ。


「うん。美味い」


 食べて戦慄する。俺が寿司を食べ比べられるほど繊細な舌は持っていないのだが、そのバカ舌をして美味いと思わせる寿司職人の高レベルな技術には打ちのめされる。


「ていうかいいのか。奢りで?」


「大丈夫だぞ。問題なし」


 とはいえ今更払えないとか言われても、皿洗いでどうにかするくらいしか俺には出来んのだが。


「…………マアジって実は寿司屋慣れています?」


「サヨリ姉に連れていかれるからな」


 で、ウイスキーや焼酎を飲んでへべれけになったサヨリ姉を介抱するまでが一連の流れ。


「…………毒って言われてもよく分からないんですけど」


「生物毒を持ってるんだよ。で、それを克服するためのミストルテイン」


 あぐっとハマチを食べる。ルイもタマモも寿司を頬張る。美味しいらしい。さすがに高級な寿司店に俺の手料理が叶うとは思ってもいない。


「サヨリ姉は毒に耐性を持っていないと、アレも出来ないから」


「アレ?」


「エイチ」


「あー……」


 理解したらしい。聞き分けが良くて嬉しい限り。


「じゃあマアジってサヨリさんのために……だぞ?」


「そういう側面もあるな。サヨリ姉が重度のブラコンであることは理解しているが、それを差し引いてもサヨリ姉の毒体質をどうにか出来るのって俺くらいしかいないのも事実で」


「…………マアジ」


「いやまぁエイチはしないんだが」


「…………そうしてください」


「このままだと俺は名誉終身童貞だな」


「皮肉ってるぞ?」


「俺自身をな」


「ボクはいいんだけどなー」


「…………あたしも構いません」


「で、非処女なのに処女ですって言ってファンと握手するのか」


「それくらいの嘘は演出できるよ?」


「右に同じく」


 ここが高級店で良かった。店員も守秘義務を貫いてくれるだろう。


「ぶっちゃけ。俺のアレはそんなに魅力的じゃないぞ」


「別に大きければ良いってものでもないし」


「…………相性は抱いて確かめてください」


 ソレが出来れば苦労してないんだが。


「ちなみに俺のどこがいいので」


「イケメン」


「然程か?」


「…………優しい」


「それもなぁ」


 そもそもルイやタマモを前にして優しくならない男っているのかって話。


「あと意外と紳士だし」


 手を出す理由がないだけだ。


「いい匂いはするし」


 それはミストルテインに言ってくれ。


「てなわけでボクもタマモもマアジに抱かれたいんだぞ」


「…………ウェルカム」


 本当に後悔しないのだろうか。


「芸能界に良い男とかいないのか?」


「イケメンはいるけど」


「…………食指が動かないと言いますか」


 オメガターカイトであれば男に困るってことも無いだろうに。


「困ってるぞ」


「…………困ってますね」


「俺にどうのって話か?」


「大好きな人が手を出してくれないぞ」


「…………いつも一人で出来るもん」


 だから商業的にどうよって話で。俺が訴訟されたらお前ら助けてくれるのか?


「弁護士でドリームチーム組む程度には本気」


「…………ていうか合意なんだから犯罪性なんて無いようなものだぞ」


 合意……しているのか?


「マアジはボクを求めてくれないんだぞ?」


「いや。抱きたいのは事実だが」


「…………あたしは?」


「そのGカップのおっぱいは挟まれたい」


「…………ふわ」


「もちろん顔だぞ?」


「…………してあげましょうか?」


 俺を受け入れるように腕を広げるタマモ。


「むぎゅ」


 だから俺は抱きしめられた。俺の頭部を包み込むタマモのパイオツの圧力よ。


「ずるいぞ。タマモ」


「…………巨乳に許された特権です」


 とまぁ冗談は置いておいて。寿司を食べて腹をくちくする。そうして夕食を食べ終えると、その後は帰るだけ。俺とは一緒に帰るわけにはいかない。タイミングをずらす必要があるだろう。さて、二台タクシーを呼ぶべきか。ルイとタマモで一台。俺が一台。寿司屋から外に出て、背伸びをする俺。


「――――」


 そこにキキィとブレーキを鳴らせて、高速度で駐車する車が一台。呼んだタクシーではない。では何か。と言われると。端的に言って人攫いだった。急激にブレーキをかけた車からスーツ姿の男が現れて、ルイを掴んで車内に引っ張り込む。そうして俺とタマモが唖然としている中を、エンジンをふかして去っていく。どう考えても人攫い。誘拐事件だ。


「…………えーと」


 あまりに唐突に現れた誘拐に、タマモは意識が追いつかないらしい。俺は靴を脱いでいた。


「タマモ。警察に通報。俺のスマホをGPSで追うように伝えろ」


「…………え? ……え? ……え?」


 グッグッと俺は体をほぐす。


「…………マアジは?」


「追いかける」


「車を?」


「さいです。じゃあ後の政治的判断はシクヨロ!」


 そうして俺はルイを連れ去った誘拐犯の車を、素足で追いかけだすのだった。

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