第35話:フェスの前夜


「明日からフェスだぞ~」


 アイドルフェス。お盆にやる日本のご先祖様崇拝にケチをつけるが如きイベントだ。オメガターカイトは、その中で最も大きなステージに立ち、もちろん時間帯も一番盛り上がるタイミングを設定。アイドルフェスは幾つかのステージを時間ごとに別のアイドルがライブやって、客は自分の見たいアイドルを追いかける。とはいえ、やはり人気は偏るし、オメガターカイトともなれば客が埋まること必至。俺としてもフェスのチケットを取れたのは僥倖というほかない。


「じゃあ今夜はローズの香りで頼むぞ」


「…………ぐっすり眠らせてください」


 ギュッと横から抱き着かれる。あのですな。だからそういうことをすると俺の性欲がな?


「抱きたいならいつでもウェルカムだから」


「…………マアジは意外とむっつり」


 そりゃ性欲を表に出すのは下品だし。とはいえまさか本気でオメガターカイトを抱くわけにはいかんし。そうなると後は一人で処理するしかなくなる。はあ。俺ってば紳士。


「あのさ」


 はいはい。


「マアジ。ちょっと変」


 失礼な。だが俺が変なのはいつものことだ。こんなルイとタマモと一緒にいて変じゃない方がどうかしている。


「そんなにモミジが気になる?」


「そうだな。気にならないと言えばウソになるな」


 俺は昼間に買った植物をしげしげと見つめながら、そう言った。買ったのはハーブ系とサボテン。ちょっと針とか能力として手にいれたら面白いかなーとか思った次第。


「…………その植物はどうするんです?」


「取り込む」


「…………取り込む?」


 まぁ見た方が早い。俺は手にハーブを持って、その植物に根を伸ばす。俺の指から伸びた根は、ハーブと接続されて、その性質をスキャンする。そうしてハーブの方からコンタクトを取り付け、我が身に受け入れる。さすがに葉や茎を肉体に入れるわけにはいかないが、その内部で潜在している植物の神経を取り入れて、俺の身体にストックする。


 それは寄生植物ミストルテインがあったればこそできる所業だ。普通の人間には無理。


「…………大丈夫なんですか?」


「痛みとかはそんなに無いな。一応神経を外に露出させるわけだから、全く無いわけじゃないが、この神経は俺じゃなくてミストルテインだから」


 神経根と呼ばれる機能。つまり俺の身体に張り巡らされた植物の根が、俺の神経の代わりをしている。


「それって」


「難しい機能についてはサヨリ姉の方が詳しいぞ。俺に分かるのは、この神経根の馴染みが、多分世界で一番俺に向いてるってことだな」


 ミストルテインの適合率。実に九十九パーセント。普通の人間は十パーセントを超えれば破格と言われている中で、俺の適合率がどれだけ異常なのかは察せられるだろう。いわゆるそういう学会では俺のような適合者はエルフと呼ばれているらしい。植物の民。植物と生きる者。ファンタジー用語から取ってエルフだ。


 そうして体内に取り込んで、植物を枯らす。俺の神経に取り込んだ植物はつまり内臓を抜かれた魚のようなものだ。三枚におろしたら後は食べるだけ。


「あむ」


 仕事を終えて、ハーブやサボテンを取り込むと、その残った身を俺は食べる。もちろんサボテンは針を取ってからな。


「…………食べるんですね」


「捨てても気分が悪いしなー」


 モグモグ。


「はー。いいお湯でした」


 夏は御盆。もはやクーラーの利いていない部屋など地獄も同然。まれに熱中症は人生を左右するとまで言われている。


「熱中症だぞ~」


「それネットスラングだろ」


 熱中症。ねっチューしよう。


「いいじゃん。キスくらい」


「そんなに軽いキスなら飲み帰りのおっさんサラリーマンにしていろ」


「マアジだからいいんだぞ?」


「最初からそう言え」


 俺はルイの唇にキスをする。チュッと。一つ。そうして唇を離すと、思いのほかルイはテンパっていた。ロンだな。


「えーと。マアジ? そういうのはズルくない?」


「まだするぞ」


 ちゅ。チュッ。チュ~。軽く。過激に。そして長く。多分、三献茶とか想起して貰えば相違ない。


「ふわ……マアジ……ズルいよぅ……こんなの……んちゅ……ふぁ……」


 色々と文句を言いつつ、俺とのキスに溺れるルイ。それを見てタマモも興奮する。


「…………マアジ……マアジ」


「お前もな」


 チュッチュとキスをする。タマモとも。求めるように俺とのキスを堪能したルイとタマモはそこで臨界点を超えたらしい。


「は……ぁ……ん……」


「…………んぁ……ふ……く……」


 蕩けた瞳で俺を見る。とはいえ、これ以上のことはせんぞ。まさかフェスを楽しみにしているオメガターカイト推しのドルオタも、そのアイドルが前日に男とキスをしているなど思うはずもない。


「もっとぉ……もっとぉ……」


「…………んちゅ……マアジ……唾液……美味しい……」


 トロンと茹った瞳で俺を見て、その唇を貪りつくすルイとタマモ。俺とのキスがそれほど刺激的らしい。まぁ俺だって興奮はしているのだが。


「うわ。ちょ。ま」


 ここら辺でやめようとした俺を押し倒して、ルイとタマモは俺とのキスを続ける。マズい。このままでは一線を越えてしまう。俺の中の性欲が弾けそうだ。


 仕方ない。


「じゃ。お休み」


 俺は快眠の香りを身体から放出し、ついでに催眠を誘発する成分を同じく放出する。明日は早いのだ。性的に興奮してしまうと、明日に響く。なので眠ってもらいましょう。


「ん……ぅ?」


「…………む……?」


 速やかに眠りについた二人を見て、俺は少し安堵する。ていうかあのままキスをしていたら、多分やってた。それは俺にとってはプラスだが、アイドルの商品価値としてはマイナスだ。本当に、俺は何でルイと一緒に住んでいるのだろう。タマモを家に泊めているのだろう。


「はあ。示威行為でもするか」


 正直な話、ルイよりも俺の方が性的に興奮していた。その欲求を静める方法はそう多くない。というか、ほぼ一つと言ってもいい。タマモを巻き込めればいいのだろうが。あのGカップを俺の好きなままに……というのはある意味で独占禁止法に抵触する。本当にタマモは業界人と何も無いのだろうか? あんなに熟れている身体を前にして、業界人が手を出さないというのも信じられんのだが。言ってしまえば俺が手を出していないという、最底辺のヘタレである。ので、それと同じことを業界人も思っているのか。


「明日はフェスかぁ」


 とはいえ、オメガターカイトの出番は最終日なのだが。

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