第34話:謝罪


「ごめんなさい」


 まっすぐ杏子は頭を下げた。


「いや。気にしてないんで大丈夫」


 正直トラウマレベルだが、それを此処で言っても意味がない。


「もうわかんないの。佐倉くんを独占したいんだけど、その方法が思いつかない」


 はあ。さいで。


「嫌われているって思うだけでも辛いです。自業自得だけど……辛いの」


 はあ。さいで。


「どうやったら佐倉くんを私のものに出来る? 何をすればいい?」


 ナニ、とかか?


 言えるわけないんだけど。


「謝ってほしい……ってわけじゃないですよね?」


「今更だな」


 すでに俺の社会的レッテルは散々だ。けれども、それをここで追及しても非生産的であることも事実で。


「できれば佐倉くんの推しに返り咲きたい。そのために私はどうすればいい?」


「ていうか。なんで。俺なんだ?」


「私の推しが佐倉くんですから」


「へー」


「信じてないですね」


 むしろどうやって信じろと。


 紅茶とスコーンのセットを頼んで、店員を下がらせる。微妙に杏子を見ていたが果たして気付いているのどうか。


「私は佐倉くんの推しになりたい。佐倉くんが推してくれないと頑張れない」


「それを俺に言うのはフェアなのか?」


「禁じ手を使うほど追い詰められているって思って」


「それを俺に言うのはレギュレーション違反では?」


「じゃあどうしろって言うんです?」


 それを俺に聞かれてもな。


 お冷を飲みつつ視線を逸らす。店内は静謐でジャズが流れている。都会にある店だが、その喧騒とは切り離された空気がとても心地よい。


「いい店だな」


「そうですね。ちょっと穴場を見つけたかも」


 そして紅茶とスコーンが運ばれてくる。ジャムをつけてサクリ。それから紅茶を飲む。


「ん。いい味」


「ねえ。佐倉くん」


「言いたいことは分かるが。俺としても整理ついてないしな」


「それは私のことで悩んでいるって……そういうこと?」


「ありていに言えば」


「えへへ……」


 何故そこではにかみ笑い?


「つまり私をどの時点で許すか考えてるってことですよね?」


「そう……相成るのか」


「佐倉くんは優しいですね」


「言うほど人間は大きくないぞ。嫌なことは嫌だしな」


「私とこうしてお茶してくれるだけでも嬉しいです」


「ただで茶が飲めれば誰だって付き合うだろ」


 ていうか。お前の側はいいのか。俺と茶を飲んで。


「推しですから」


 あー。はいはい。


「その。アレでも初めてだったんだから」


「大丈夫だ。ファーストキスなんて子ども頃に親に奪われてる」


 あのキスはノーカンということで。


「じゃあまたしますか?」


「ノーセンキュー」


 なんなんだ。オメガターカイトの所属アイドルはキスが好きなのか?


 ルイといいタマモといい杏子といい。


「何ならその先も……」


 もじもじしているところ悪いが、こっちにその気は無いぞ。いくら合意が取れていても、やっていいことと悪いことがある。ていうか。俺はお前とやった場合、状況が露呈するとルイとタマモに刺されかねん。


「ダメ……ですか?」


「いや。やるのはいいんだが。お前はソレでいいので?」


「佐倉くんになら、まぁ後悔しないというか」


 どういう基準でそれを言っているのかも俺にはよくわからんのだが。ただ紅茶を飲みつつ俯く杏子はかなり可愛かった。元が金髪のハーフだ。恋の駆け引きで、その容姿はプラスに働くだろう。俺も過去がトラウマになっていなければ恋に堕ちていたかもしれない。というか現状堕ちていない今が不思議だ。過去に推しだったのだ。その子が俺に抱かれてくれると言われて、俺は何故平然としているのか。


「不能か?」


「不能なの?」


「不能かもな」


「えー」


 そういうよな。俺としても不理解が極まる。


「じゃあ普段はどうしているんです?」


 どうもこうも。滾る性欲を抑えるのに四苦八苦しておりますが。ルイもタマモも肉体のラインがエロイので、手を出さないように配慮するのは苦行も同様だ。


「男って因果な生き物だよな」


「その……私で発散しませんか?」


「却下」


「おっぱいは、ちゃんとありますよ」


「それは知ってる」


 紅茶を飲む。さわやかな味が口内に広がる。


「佐倉くんが命令するならここで脱いでもいいんですけど」


「で、俺のバッグに入れるか?」


「そんな……いえ……前科がありますね」


「だから安く売るな。お前の貞節は俺の童貞より安くない」


「童貞なんですか?」


「そうだな。残念ながら」


「じゃあ私で卒業するとか」


「別にそれをマイナスとも思っていないしな」


 実際のところ。いきなりやろうとしても俺には何もできないだろう。こういう時何も知らない無知な俺を、お隣に住んでいるエロい人妻とかが手取り足取り教えてくれると嬉しいのだが。


「エッチなこと考えてます?」


「モリモリ考えてるぞ」


「そこに私はいますか?」


「ハーレムの一角に存在する」


「そ、そうですか」


 何故に嬉しそう?


 嬉しいか?


「嬉しいですよ。佐倉くんの妄想の一角にいるということは、私にとって光栄なことです」


「それは奇特なお人で」


「えへへ。私でエッチな妄想してくれたら嬉しいです」


 そりゃしてないって言えばウソにはなるんだが。今こうしている俺をルイとタマモはどう思うのやら。怒られないと嬉しいんだがな。無理な相談か。

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