第33話:そりゃ女子がナンパされていればフォローくらいする


「あっちにこっちに恋のタネ♪ 私を好きでいてくれる♪ そんなあなたは今いずこ♪」


 ビル側面の巨大ビジョンに映像広告が映る。それはオメガターカイトのシングルCDの発売を記念したライブ映像だった。そこにはルイもタマモも映っているけれども、端々に杏子も映っていた。


「はー。思ったより毒されているな」


 で、俺はと言えば、都会のスクランブル交差点で信号を待ちながら、大勢いる都会人の一人として人混みに埋もれていた。ざわざわと人混みが雑音を発し、その中で俺の独り言も雑音に変換され。そうして俺は都会にあるガーデニング専門店に向かっていた。


「モミジ……ね」


 思うことはルイの寝言で。彼女が大切にしていた思い出のかけら。そのモミジなりし存在の大きさについて自分に問うばかり。別にルイが推しじゃない、とか言っていたのに、しっかり心には根差していたらしい。


 ルイの大切な人と聞いてモヤモヤしている時点でもうダウト。とはいえ、だ。


「好きとかそんな感情じゃ……」


 ない、と俺は言えるのか。


「わっかんないなー」


 とりあえずガーデニング専門店に向かって歩く。ビルとビルの隙間。そこにひっそりと建つ小さな店舗は、ある意味でファンタジーだ。気付いた人間をナルニア国にでも誘いそうな外観。そこに陳列されている植物は、まぁ一般的には屋内のガーデニングに向けた植物だ。だいたいこういう場所だとイリーガルな植物とか売っていたりもするのだが、そこまで踏み込む気はない。


「適当にハーブでも買って……」


 占めて一万三千円。


 肉体に移植するのは家に帰ってからにしよう。


 そう思って、また都会の通りに出る。大きなスクランブル交差点。たまにモデルのスカウトとかやっていたりして。


「ねえいいじゃん。断る理由なくない?」


「ちょっと……無理と言いますか。こっちにも事情があって」


 それもスカウトの一環なのだろうか。ただお断りする女子の声の方に存分に聞き覚えがあった。


「角夢杏子……」


 ポツリと呟く俺。こんなところで見かけるのも偶然では無いのだろう。都会にくり出すイケている女子。そんな雰囲気が杏子にはある。


「君いけるって。悪いようにはしないからさぁ」


「えーと、そのー」


 さてどうしたものか。


 これは俺の意見でもあるし、今の杏子の意見でもあるのだろう。


「…………」


「…………」


 目があった。杏子と。


 助けて。


 目がそう語っていた。とはいえ俺に何ができるだろう。


「すみません」


 気付けば俺は杏子の隣に立っていた。


「何? 君……」


 杏子にニコニコ笑顔を振りまいていたスカウトは俺を見て機嫌を崩す。いきなり介入した俺を不快に思ったのかもしれない。


「この子、事務所に所属していまして。契約関連は壊滅的ですよ」


「何でそれを君が知っているの?」


「ファンなんで」


 俺がそう言うと、


「ヒュッ」


 隣で息を吸う声が聞こえた。その時に杏子がどんな表情をしているかは俺の側からは読み取れない。


「なんで。訴訟沙汰にならないうちに手を引いてくれませんかね」


「わーったよ。失礼しました」


 さすがに別事務所に所属している杏子を引き抜きは出来ないと悟ったのだろう。というかオメガターカイトから別のグループに移籍するというのはメジャーリーガーがアマチュア草野球チームに所属するようなものだ。


「大丈夫か?」


 まぁ大丈夫ではないんだろうが、他に述べようもなく俺は聞いた。


「…………ッ……ッ」


「えーと」


 そして困ってしまった。杏子は泣いていた。ボロボロと泣いていた。誰憚ることなく。今こうして俺の隣に立っているのが息苦しいほどに。泣いている女の子と、その隣に立つ男。俺が泣かせているかのようだ。実際にその側面も無いではないのだが。


「大丈夫か?」


「助けてくれるとは……思いませんでした」


「困っていたらお互い様だろ」


「私ですよ?」


「そうだな。角夢杏子ちゃんだ」


 俺の最も好きなアイドル。


 だった。


「時間ありますか?」


「たっぷりあるぞ」


「じゃあお茶に付き合って。お礼」


「必要ない」


 あっさり俺が断ると、ギシリと彼女の顔が軋んだ。あー。そういう。


「じゃあ少しだけな」


 このくらいで妥協すべき。


「で、どこに行くんだ? ていうか角夢杏子が男と一緒っていいのか?」


「誰も知らないよ」


 そういやさっきのスカウトの男も角夢杏子に気付いていなかったな。


「私はその程度ですから」


「可愛いんだけどなぁ」


 それは事実だ。


「もしかしてわざとやってます?」


「何が?」


「いえ……自覚が無いなら結構です」


 だから何が。


「お茶くらいなら奢りますので」


「アイドルフェスに向けては大丈夫なのか?」


「お茶をする時間くらいは確保できていますので大丈夫です」


「さいでっか」


 だったらいいのだが。


「コーヒーと紅茶。どっちが好きですか?」


「よく飲んでいるのはコーヒー。好きなのは紅茶だな」


「では紅茶にしましょう。オススメは……」


 スマホで検索する杏子。こういうところは現代人だなーと思わせる。まぁ俺もスマホには頼りきりなので人のことは言えん。


「ああ、じゃあ、ここらで一番近いのが……」


「へえへ」


 そんなわけでお茶することになった。植物を体内に移植したいのだが、それはまた後刻ということで。

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