第30話:佐倉サヨリ
「はー。暇だ」
夏休みに入ってからこっち。昼間は一人でいることが多い。ルイとタマモはアイドルフェスの追い込みに奔走している。朝飯と夕飯は俺が作っているが、昼飯は各々好き勝手に。仕方ないので宿題でも消化しよう。
「やっほーい!」
参考書と教科書と宿題を手に、クーラーの利いているリビングに場を移すと、玄関から聞いたことのある声が聞こえてきた。
ピシッ!
俺の中の血液が凝固する。
「マアジちゃん! いる!? お姉ちゃんが遊びに来たよ!」
可憐な茶髪のゆるふわパーマがかかった女性が、俺の部屋に突撃していた。
「……サヨリ姉」
「あーん! マアジちゃん!」
で、リビングで宿題をしようとしている俺を見つけて、サヨリ姉は抱き着いてくる。甘々ブラコンシスター。佐倉サヨリとは説明するとそんな人だ。
「マアジちゃんマアジちゃんマアジちゃん! あー! もう無理! やろう!」
「却下で」
俺は手でサヨリ姉の顔を掴んで押し戻す。
佐倉サヨリ。
俺の姉で、佐倉コーポレーションの重鎮で、ついでに酷いブラコン。俺を愛することやまず。目に入った瞬間抱きしめてくる逸材だ。
「お父様は無茶言ってきたりしない?」
「お世話になっております」
「くんくん。ちょっと異臭がするね。此処」
「お好きな匂いを再現しますので。リクエストをどうぞ」
「そうじゃなくて。女性でも連れ込んでる?」
ギク。
「何のことやらー」
「干してあるブラとパンツは誰の?」
しまった。そこを突かれるとは。
「知り合いのものです」
「女子だよね?」
「女子ですな」
ここまで来たら誤魔化しも不要だろう。
「マアジちゃんはお姉ちゃんだけ愛していればいいって言わなかった?」
「でも俺には推しがいて」
「アイドルと結婚できるってガチで信じてる?」
信じてはいないけどさ。否定する要素が今現在の俺の状況に反論を呼ぶ。
「お姉ちゃんと結婚するよね?」
そんな圧のある笑顔を向けないでほしい。
「で、要件は?」
「マアジちゃんが健康診断に出ないから、心配してきちゃった」
「あー。そういえば」
「まぁお姉ちゃんに抱き着かれて無事って時点で、もうアレなんだけどね!」
否定はしない。
「じゃあお姉ちゃんとご飯を食べに行きましょう!」
「出来れば庶民的なところでお願い」
「マアジちゃんは謙虚だね!」
いや。料亭とか連れていかれると、緊張で味がわからんのよ。
「じゃあ寿司屋にしよう!」
へぇへ。
「あと診察ね」
へぇへ。
そんなわけで、診察ついでに寿司屋による。今日は帰れそうにないな。ルイとタマモにはその旨伝えるか。
「でー。マアジちゃんの可憐さにはお姉ちゃんだって性欲の高まりが抑えきれず!」
寿司屋で普通に酒飲んで、昼間から酔っているサヨリ姉はともあれ。
「ミストルテイン適合率九十九パーセントですか」
唖然とする科学者の言葉は、まぁ話半分で聞いて。
「では失礼」
「マアジちゃん。お姉ちゃんと一緒にお酒飲もう?」
「いや。未成年だから」
「お酒の味なんて未成年の内に知るものだよ?」
言っている意味は分かるが、校則にも違反するのでな。
「マアジちゃんの可愛いところ……その御尊貌」
「あーはいはい」
「可愛いよー。マアジちゃん。お姉ちゃんと結婚しようね?」
「血縁は無理じゃね?」
「ばっか。佐倉財閥に不可能は無いのだよー」
いや。民法的に無理な気がする。
「お姉ちゃんとチュー……」
まぁキスくらいは幾らでも。
「うへへぇ。マアジちゃん~」
「で、ウチに帰る……でいいのか」
「マアジちゃんの部屋に泊まる~」
となるとルイとタマモに指示しないとな。今日は俺の部屋に来るな、と。
『嫌』『嫌です』
ナゼェ。
『マアジのタイミングが浮気するソレだぞ』
『誰と一緒にいますので?』
姉。
嘘じゃないぞ。
「ただいまー」
「マアジちゃんチュッチュ」
俺の頬にキスをする酔っぱらいはともあれ。
「マアジ~?」
「…………マアジ?」
姉にキスをされている俺を見咎めるルイとタマモ、
「こちら俺の姉」
「…………お姉さんがいたのですか?」
「まぁ不本意ながら」
「…………」
むしろルイは俺に姉がいることを驚いている様だった。
「義姉?」
「戸籍上は本物の姉だが」
ソレが何か?
「……むーん?」
どこか思案するようなルイの疑惑。
「後、サヨリ姉には触れるなよ」
「…………何故と聞いても?」
「毒持ってるから」
「…………えーと」
流石にタマモもツッコみづらいらしい。だが俺は嘘は言っていない。サヨリ姉が毒を持っているのは本当だし、触れると浸透圧で毒を他人が摂取するのも本当だ。神経毒なので摂取すると命に関わる。
「…………マアジは何で無事です?」
色々ございまして。
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