第29話:夏休みの始まり
一学期が終わり。今日から夏休みに入る。
「……!」
「…………!」
ギシリ、と空間が軋む。圧倒されるほどのプレッシャーの中、ルイとタマモはまるでドラゴンボーズの必殺技の様に、拳を腰のあたりにとどめる。勝負は一瞬。戦力差は互角。何をするのかと言えば。
「じゃんけん!」「ぽん!」
もちろんじゃんけんだ。
ルイはグー。タマモがチョキ。
「やったぞ!」
無事勝利したルイは俺に抱き着いて、その首に腕を回す。ムギュッと抱きしめられて俺も幸せ。
「マアジ! マアジ! 次の握手会はボクの列に並ぶんだぞ!」
「ハイハイわかりましたので」
杏子のことを俺が今どう思っているのか。それさえ俺には定かではない。だが応援する気概が無くなったのも事実で。推しであるオメガターカイトを応援するというのなら、もちろん迷い箸が選ぶのは黒岩ルイか古内院タマモか。そういうことになる。ライブ後の握手会についても議論は頻出する。ルイとタマモ。どっちと握手すればいいのか。今回はじゃんけんで決めてもらったので、ルイの勝ち。
「はい。ご飯できたぞ」
そげなわけで、今日のご飯は刺身定食。米と味噌汁は当然。白和えと漬物がつく。
「いただきます!」
「…………いただきます」
そうして三人で食べて、つつがなく終わる。最近はもうルイとタマモと一緒に飯を食うことが多い。今日はちょっと奮発したが、別に経済的にはどうにでも。騒がしい二人と一緒にいるこの時間が、俺は嫌いじゃなくなっていた。
「もぐもぐ」
「…………はぐはぐ」
夏休みともなれば、オメガターカイトにはアイドルフェスがある。それに向けて忙しいらしく、最近は朝飯食って出かけて、夕餉に帰ってくるという生活をしている。学業があれば別に普通なのだが、仕事としてアイドルをしている以上、妥協は許されないのだろう。ルイの部屋にはエアロバイクが設置されており、屋内での運動も完璧だ。というかタマモの胸が大きすぎて、ランニングには専門のブラが必要らしい。その点エアロバイクなら、振動もソコソコに抑えられると、そういうわけ。もちろん俺がこんなことを言えばセクハラだが、まぁ今更感はある。
「次の握手会が楽しみだなぁ」
ニコニコ笑顔で刺身を食べるルイ。恨めしそうなタマモ。まるで俺がラブコメ主人公のような究極の選択を強いられているんだが。
「そもそも臼井幸のライブはどうなんだ?」
「一緒に行こうだぞ」
「…………盛り上がりましょうね」
あ、やるのね。夏休みの間にライブ。ていうかアイドルフェスと予定被らないので?
「大丈夫」
「…………です」
さいでっか。
「にしても今日から夏休みかー」
「宿題はちゃんとやれよ」
「まぁ単位にも関わるし。それはね」
期末テストは結構高得点だったらしい。俺も教えた甲斐がある。
「マアジは大学行くの?」
「一応な。特に他の青写真もないし」
理由があって行くところでもないので、勉強の延長線上でしかない。
「お前らは行かんの?」
「大学かぁ」
「…………大学ですか」
たまに芸大だったり難関私立だったりに入学するアイドルも聞くが。
「勉強はちょっと」
「…………右に同じく」
まぁ芸能科に通っている時点でお察しだが。
「まぁ二人ともアイドルで大成しているし。学歴は要らんかもな」
「そこまでは言わないけど」
「…………マアジは勉強苦じゃないんですか?」
「暇つぶしにはちょうどいいぞ。何も考えなくていいし」
「うえー。出来る奴の理論」
「…………マウント取ってきてますね」
然程でもないんだが。
湯呑の緑茶を飲む。今日は刺身定食なので、お供の飲料は緑茶である。
「この後一緒にお風呂入ろうね」
「…………お背中流します」
「ノーセンキュー」
そんなことをされたら正気を失いかねない。
コイツ等のアイドルとしての貞操観念について議論すると不毛になりそうなのでしないのだが。それはそれとして俺のこと好きすぎるだろ。
「マアジ? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「…………マアジが望むなら……あたしは」
「脱げ」
「ッ」
「…………ッ」
「もちろんジョークだ」
「吐いた唾は呑み込めないぞ」
「…………覆水盆に返らず」
そして二人は脱ぎだした。ブラが露出し、パンツが露出する。衣服を脱いだだけでこうまでエロイものか。俺の股座がいきり立つ。特にタマモはGカップという破壊的な戦闘力だ。ブラに固定されているとはいえ、ボインボインである。
「……………………」
俺は暴れ猛る股間をズボンで何とか抑え、素知らぬ顔で飯を食う。下着姿になったルイとタマモは、そのままご飯を食べる。あのー。二人とも。そのまま過ごす気ですか?
「なんにせよマアジの性欲を刺激する必要はあったぞ」
「…………恥ずかしいですけど……写真を撮られて脅される覚悟はできております」
鬼畜か俺は。
「じゃあ俺は皿洗うからお前らは風呂入れ」
「その後やるぞ?」
「しません」
「…………性的欲求にあたしたちが該当しないと」
めっちゃしてるんですけど。既に俺の股間はネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だ。
「…………苦しいなら鎮めますよ?」
「大丈夫だ。俺は一人で出来るもん」
「二人ならもっとできるぞ」
「…………三人ならさらにできますよ?」
だからお前らはアイドルとしての尊厳とかそういうのがな?
「じゃ、処理するか」
「お手伝いするぞ!」
「…………くわえてもいいですよ?」
まぁ却下で。
俺は終身名誉童貞だ。
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