第28話:テスト終わり


「はー」


 キンコンカンコン。ウェストミンスターチャイムが鳴る。そうしてウチの学校の期末テストは終わった。まぁ成績は自己採点でそこそこ。特にミスらしいミスもしていない。


「帰るか」


 ちょっと日程はズレるが、だいたいルイとタマモの試験も似通ったものだった。


「佐倉くん」


 で、俺が帰ろうとしていると、声をかけてくる女子一人。もちろんこの学校で声をかけてくるのは角夢杏子に他ならず。


「テストできた」


「まぁそこそこ」


「打ち上げしない?」


「一緒に勉強もしてないのにか?」


 普通そういうのは一緒に勉強した奴とするものだ。


「佐倉くんはいや?」


「ああ。いやだ」


 だからあっさりと俺は言っていた。


「謝って許されることじゃないけど、それについてはゴメン。でも佐倉くんだって女の子にモテるじゃない」


 そんな経験一回もねーよ……と名誉終身童貞は言いかけて、それからルイとタマモを思い出す。そういえば俺は確かにモテているな。アイツらの価値観について俺から言えることはそうないが。


「いいじゃん。私とまたキスしませんか?」


「しません」


「せめて誠心誠意謝罪させてよ」


「別に怒ってないから気にするな」


「むー。そんな風には見えない」


「そもそもオメガターカイトのメンバーが一般人にキスする方が問題だろ」


 まぁ俺が言ったら清々しいまでにブーメランなのだが。ルイとタマモはどうなんだって話であって。


「好きな人いるの?」


「臼井幸」


「誰?」


「アイドル声優って呼ばれる声優さん」


「推し?」


「推しだな」


「もう私は推してくれないの?」


「流石にあんなことがあった後だと、容易に呑み込めん」


 別に怒っているわけではないが、何というか昼に焼き肉食って、夜に肉料理を出されて「う……」ってなる気分に似ている。


「せめて奢らせてよ」


「アイドル活動はいいのか?」


「テスト期間中だから問題なし」


 たしか事務所は優良企業って言ってたな。確か。


「じゃあコーヒーでも奢ってくれ」


「了解。キャピ!」


 目元で水平にピースする杏子は、アイドルっぽかった。


「で、何をする? 自己採点でもするか?」


「いいけど。テストのことは忘れたい感じ」


「だよなー」


 その気持ちは俺も持っている。


 雰囲気のいい喫茶店で、入れたてのコーヒーを飲みつつ、俺は頷く。


「もう推してくれないの?」


「ファンってのも無責任なものだよな」


 俺だって、このモヤモヤがなければ、今でも杏子を推しているのだが。


「お願い。懺悔を聞いて?」


「いや。必要としてない」


「お願いよー」


「一応俺以外にもファンはいるだろ。一人減っても誤差だ誤差」


「佐倉くんに推されたいの」


「好きだから?」


「好きだから」


 そう直球に言われるとなんだかなぁ。まぁルイやタマモだって、好きとは言ってくれるんだが。キスしたことは忘れられそうにない。


「…………」


「何考えてる?」


「別に」


 言えるか。


「…………あれ? ……杏子?」


 喫茶店でブラブラしていると、奇遇とばかりに声をかけられた。俺じゃなくて杏子が。見ればそこには古内院タマモがいた。学校の帰りだろう。制服を着ている。ちょっと新鮮というか。胸元を押し上げているおっぱいがあまりに鮮烈だ。


「あ。タマモちゃん。テスト期間だよね? 大丈夫?」


「…………まぁ所詮芸能科のテストですから。……杏子は進学校ですよね? ……テストも難しいのでは?」


「やってることはそんなでもないですよ」


 そう言ってキャイキャイと話し出す。だが俺は悟っていた。タマモの目が笑っていない。まぁそうだろうな程度は思う。俺が悲しみにくれて心配してくれたタマモだ。俺と杏子が一緒にいるところを見れば、平静ではいられないだろう。俺としては引きずりたくないのだが。それでも杏子といることを心配してくれるタマモの警戒にはちょっと嬉しくなる。


「じゃ、俺は行くわ」


 コーヒーも飲み終えたし。


 ここは杏子の奢りなので金銭に問題は無い。


「え。ちょ。佐倉くん」


「オメガターカイト同士で仲良くな」


 そうして店を出る。実際に助かった。今でもモヤモヤしているので杏子と一緒にいるのは気を使う。そこにタマモが入ってきて、俺を離席させる因果を作ってくれたのは地味にうれしい。


『ありがとな』


『マアジのためですから』


 そうコメントをくれるタマモに惚れてしまう。どうせ今日も我が家で飯を食うのだろう。


『何食いたい?』


『鉄火丼』


『了解』


 なわけでストアでマグロを買う。ネットレシピの出汁に漬けて、赤身に味付けをする。そうして食べてくれるタマモの表情を思い浮かべながら、鉄火丼を作っていく。


「ただいまー」


 まぁあっさりと俺に部屋にただいまを言うルイも帰ってきた。今日は物理のテストがあったはず。


「出来たか?」


「マアジの勉強会程度にはね」


「そりゃよかった」


 コンビニで大量にコピー機を使った甲斐がある。


「もうああいうのは勘弁して」


「赤点を取らないなら俺から言うことは無いぞ」


「ぐ……ぅ……よろしくお願いします」


 承りました。

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