第16話:ラグナロク ~我々の黄昏~


「何かゲッソリしてるぞ」


 今日はオレンジの香りを発しながら、俺は朝食を食べていた。そこには当然我が物顔で朝食を食べている黒岩ルイがおり。別に俺としてはどうでもいいのだが、本当にルイは手料理を好んでいるらしい。今日はトーストとスクランブルエッグ、それからメカブだ。


「うまうま」


 それを美味しそうに食べているルイを見ていると、作り手冥利に尽きるというものだが。


「何か悩みでも?」


「ここ最近自覚のないアイドルが俺に急接近していてな」


「……迷惑だぞ?」


「俺としては嬉しいんだが、どうにも破滅したらどうしよう感がぬぐえず」


「その時はマアジのところに永久就職するぞ」


 俺の事情はどうなるので?


「働いて稼ぐから、マアジはご飯作って」


 主夫ですか。そうですか。


「今日は学校か?」


「まぁ。仕事もあるし。グラビア撮影が」


 モグモグと朝食を食べて、コトンと食器を置く。


「美味しゅうございました。御馳走様」


 お粗末様でした。


 そうしてやはり普通に俺の部屋でシャワーを浴びて、さっぱりすると学生制服に着替えるルイだった。そのシャツ姿が俺には刺激的すぎて。ぶっちゃけコイツもスタイル良いよなぁ。俺に襲われたらどうするつもりなんだろうか。コイツは。


 中略。


「はー。今日も頑張った。俺」


 学内での評価は散々だ。もう下着ドロボーというだけで女子は引くし男子は嘲笑う。その男子らは黒岩ルイについて弁論していた。


「はー。可愛いよなー。オメガターカイトの黒岩ルイちゃん」


「わかる。俺たちと同じ年であの身体は反則」


「それでいえば古内院ちゃんとかもありえね?」


「あそこまでいくともはや暴力だろ」


 わかるわー。ルイにしろ古内院さんにしろバインボインだ。あれらに迫られて未だに理性を保っている俺が男子としてどうなんだという話でもある。


「……帰ろ」


 つつがなく学業を終えて、俺は家に帰宅する。


「…………どもです」


 で、玄関に立っている古内院さんに出会う。


「何か御用で?」


「…………会いに来ちゃいました」


 それはそれは。


「…………その。……今日は……某駅のクロワッサンを」


 どうやらお土産を持ってくれば俺に逢う正当性を獲得できると思っているらしい。別に間違った判断ではないが、まさか俺に逢うたびに土産持ってくるとはいかなことか。


「…………あがらせて……もらえませんか?」


「構いやせんが」


 どうせルイもグラビア撮影で忙しいだろうし。問題は無いか。


「…………はぐ……もぐもぐ」


 俺の淹れたコーヒーを飲みつつ、クロワッサンを食べる古内院。可憐に化粧をしている気合の入れようは色々と方向性を間違っている気がしないでもないが。センスがいいというのか。シンプルながら身体のラインを隠す服装は、とても清楚で好印象。何せグラビアアイドルとしての古内院さんは、見るだけで男性が正気を失うエロさだ。


 落ち着け俺。ここで狂えばすべてが終わる。


「…………マアジさんは……杏子ちゃんの……推しなんですよね?」


「さいです」


 些細なキッカケではあるが。


「…………あたしに……乗り換えませんか?」


「嫌」


「…………何故?」


「大仰な理由はないかな」


 クロワッサンをモグモグ。


「…………じゃあせめて……あたしと握手してください」


「個握は杏子ちゃんと、と決めている」


「…………何でもしますから」


 あのさ。アイドルがファンに何でもとか言うんじゃないよ。こっちはしてほしい事の三つや四つはあるんだから。


「…………せ……性奴隷になれ……とか?」


「それもある」


「…………なります」


「ならんでよろしい」


「…………やっぱりあたしの身体は……下品ですか?」


「超エロイ。正気を失うくらい」


「…………でもマアジさんは……手を出さない」


「俺としても自制してるの! 問題だろ!」


 わかれ。それくらい。


「…………性奴隷って……何かドキドキしますね」


「わかるわー。男の子の夢が詰まってる」


「…………裸に首輪をつけて」


「夜のお散歩したり」


「…………後ろからしたり」


「排尿の管理したりな」


「…………やりましょう」


 絶対にやらん。


 あとクロワッサンがマズくなるから性的な話題から離れろ。


「…………モグモグ」


 で、仕方ないので一緒にクロワッサンを食べる。話題そのものは幾らでも思いつく。今ハマっている動画とか。好きな本のジャンルとか。


「文学を読むってのは本当だったのか」


 アイドルらしい意識高いアピールだと思っていたが。


「…………言うほど本の虫ってわけでもないんですけど。……他者の感性に触れるには文学が一番手っ取り早いので」


 たしかに。俺としては魔法とかが出てくるラノベが至高なのだが。


「おススメのファンタジーとかありますか?」


「そーだなー。最近で言えば……」


 と話題を転がしていると、


「ただいまー。マアジ。今日のご飯は…………」


 あっさりと黒岩ルイが俺の家に帰ってきていた。そういえば止めていなかったな。これは俺のミスだ。


「タマモ?」


「…………ルイさん」


 オメガターカイトのツートップ。黒岩ルイと古内院タマモ。二人が俺の部屋にいるというのは果たしてどういう意味を持つのか。


 さて、寝るか。


「マアジ?」


 はい。なんでしょうか。


「どういうこと?」


 つまりだな。…………どういうことだろう?

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