第14話:伏線ライダー


『あー。今日はボクの分のご飯は要らないぞ』


 唐突に送られてきたメッセは、SNS上でそう読めた。黒岩ルイからのメッセージだったのだが、そもそも何で俺はコイツのアカウントを把握しているのだろう。そこまで考えて自己の思考を放棄する。世の中には考えなくてもいい事はある。


「さいですか」


 とりあえず『了解』とコメントして、それから料理の予定を調整する。とは言ってもポテトサラダとコロッケ程度のもので、特に目新しい料理ではないのだが。


「いただきます」


 ふいに自分が一人なんだと自覚できた。そう言えば最近は常に黒岩ルイと食卓を囲んでいたので、一人で飯を食うということが久しいような。ちなみに公式アカウントでは、黒岩ルイがパジャマフェスティバルをすると書かれてある。SNSで粘着ストーカーをしている気分になる。ただ俺の追っているコメントは杏子ちゃんのものであって、ルイはついでだ。本当だぞ。


「…………」


 テレビでネット動画を見つつ、ひとりで御飯。何やら物寂しい空気だが、それを正直に言ってしまうとルイが調子に乗りそうだ。元々一人ではあったんだし、以前に戻っただけ……と強がれるほど自分をだませるはずもなく。


「賑やかしでも一緒にいると愛着が湧くもんだな」


 事実として、俺はルイがいない食卓を寂しいと思ってしまう。


 とはいえ、オメガターカイトのメンバーを呼んでパジャマフェスティバルをする以上、そこに俺は混じれないというか。そもそも混じっちゃいかんだろというか。


 適当に飯を食って、食器を洗って、風呂に入って。それからアイスを食べたくなって外に出る。近くにはコンビニがあるので、お菓子の類には困らない。この夏も近づく季節にアイスを恋しいと思うのは必然で、つまり今俺は恋をしている。


 アイスの果実を買って、それから棒アイスを買って。後者を食べ歩きながらマンションに戻る。そうして俺の部屋の階に戻ると、お隣の玄関に立っている女子が一人。誰だ、と思うより先に再認能力が働いた。


「…………」


 さて、どうしたものか。


 悩んだのだが、一応礼儀かと思い、知らないふりをして玄関まで歩く。


「……………………あ」


 だが光学迷彩を展開しているわけでもないので、マンションの通り道で相手がこっちを認識するのはまぁ必然で。ついでに俺は自分のうかつさに頭痛がした。そういえばルイがパジャマフェスティバルをするのだから、彼女の部屋にオメガターカイトのメンバーが訪問するのは必然。であれば彼女と邂逅する確率も、パーセンテージ上はゼロじゃない。


「…………佐倉……マアジさん」


「その節はどうも」


 俺が痴漢から助けた少女。オメガターカイトの人気アイドル。古内院タマモである。


「…………あの節は……お世話を掛けました」


「気にしておりませんので」


「ここの住人なんですか?」


「ええ。まぁ」


 このまま帰宅していいものか悩んだ。とはいえ部屋がバレるくらいは問題ないだろうとも。まさか黒岩ルイでもあるまいし、俺の部屋に入り浸るなんてそんなこと……ないよな?


「古内院さんは何故ここに? ご近所ですか?」


「…………えと……友達が」


 うん。知ってる。黒岩ルイの部屋でパジャマフェスティバルだもんな。もちろん俺はそんなことを知らないようにふるまう。


「そうなんですね。では~」


 物わかりのいい振りして、俺は部屋へと消えていく。


「…………あの」


 その俺の服の裾を掴む古内院さん。


「何か?」


「もしよろしければ今度プライベートで会いませんか?」


「謹んでごめんなさい」


「奢りますので」


「痴漢から助けたことなら気にしなくていいですよ? 別に俺じゃなくても助けていたはずですし」


 あのおっさんが退職金を失うのが哀れと思ったのも事実だ。


「…………あたしが……お礼をしたいのです」


「…………じゃあコトブキ屋のケーキでも買ってきてください。それで手打ちとしましょう」


「…………わかりました……ではそれで」


 ケーキを食えるだけ有難いと思おう。


「…………後日訪問しますので。……SNSのフレンドに……なりましょう」


「スキャンダルじゃないんですか? これ」


「…………お礼をするだけですので。……気にしなくて……構いませんよ」


 とは申せども。


 ピロン。


 そんなわけで、古内院さんのSNSをフォローしてしまった。どうすんの俺。


「…………では後日」


 ていうか。これってロックオンされている? まさかね。単に俺にお礼をしたいというだけだろう。それ以上の感情はないはず。


「…………失礼しました」


 そうしてパジャマを着ている古内院さんは黒岩ルイの部屋へと戻っていった。


 そりゃ黒岩ルイが招くのだから、古内院が現れてもおかしくないが。別に関係ないよな。


「とりあえず新しい植物でも体内に飼うか」


 そんなわけで、俺はアイスを食べながら植物の体内飼育に精を出した。


「こういう時の耐毒性ってゲノムコードにおける……」


 神経毒に対する抵抗神経を手に入れるため、そういうアレにも実験に余念がない。


「しかし古内院さん……ね」


 見るだにバインボインだった。肢体の暴力というか。グラビアアイドルやってるのも納得のボイン。そりゃ黒岩ルイだって肉付きで言えば高レベルというか偏差値六十五くらいありそうだが、古内院さんは偏差値七十五を超えている。そりゃ満員電車に乗れば痴漢の三人には出会うだろう。


「私は私のままでいる♪ アナタはアナタのままでいて♪」


 そうして実験に一息ついて動画を見ると、黒岩ルイと古内院タマモの動画が出てきた。さすがに二人とも推しがいっぱいいるだけあって、綺麗な声の躍動的パフォーマンス。


「君が好き♪」


「愛してる♪」


「「アイラブユーで♪ ラブミードゥー♪」」


 バキューンと画面の中のルイと古内院さんは俺に指鉄砲でハートを撃ち抜きにかかる。可愛いし歌上手いしバインボインだし。くっ。オメガターカイトのアイドルは化け物か。


 なんか端っこでパフォーマンスしている俺の推しがとても癒し枠。俺にとっての推し。角夢杏子ちゃんは今日も一生懸命ダンスを踊っている。


「ところで」


 そう言えばルイって寝不足じゃなかったっけ。俺のアロマなしに寝れんのか?


「気にしてもしゃーないが」


 そんなわけで、神経毒を操りながら俺は今日の趣味を終えて眠りにつく。


 明日は休みだ。たっぷり遊ぼう。


 そう心に誓ったのだった。

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