第12話:キスの蜜
「ふやー」
俺が出汁を取って味噌を混ぜようとしていると、眠気眼でルイが起き上がってきた。昨夜はキスをしたのだが、それはそれとしてルイは熟睡できたらしい。ラベンダーの香りが効いたのだろうか。
「顔洗ってこい。朝飯にするぞ」
「ごはん~」
そのイカレトップアイドルは、あろうことか俺の部屋で俺と同衾して眠りこけていたのだ。俺は朝起きて、顧みた自分の頬を三回は抓った。
「液体歯磨き使うぞ」
「なんで把握してんだよ」
「洗面所を借りるのも初めてじゃないし」
普通に俺の部屋でシャワーとか浴びる奴だから、まぁそれもあり得はする。
俺は米と味噌汁、漬物と目玉焼きを盛り付けて、ルイに差し出す。
「うー。お茶」
「こちらに」
で、要求されるだろうから、急須で緑茶を淹れていた。湯呑で茶を飲む黒岩ルイは、その茶の味にはイチャモンをつけない。
「いただきます」
で、茶を飲んで一息。それからモグモグと朝飯を食いだす。
「美味いか?」
「超ジューシー」
肉の類はないんだが。
「起きたら米と味噌があるって幸せなことだぞ」
「自分で作れよ」
「難しいことを要求されるぞ」
「言うほど手間じゃないぞ」
「それは出来る人の理論~」
米を食んで、味噌汁を飲む。そのことに多幸感を感じてくれるのは、作った側としても冥利に尽きるのだが。
で、だ。
「御馳走様」
パンと一拍。俺は食器洗いに移る。その間に目を覚ましたルイは、タオルを手に取って浴室へ。シャワーを浴びるらしい。待たんかい。
「許可して無いぞ」
「いいじゃん。ボクとマアジの仲だぞ。なんなら一緒に浴びる?」
是非。
というわけにもいかず。普通にシャワーを浴びているルイだが、そもそも着替えはどうするんだ?
ルイがシャワーを浴びている限り、そこには脱衣した下着があって。つまり俺は理性的に浴室に繋がっている洗面所を利用できない。
「うーん。ようやく目が覚めたぞ……」
で、もう何とツッコむべきか。俺のシャツを着て、短パンを履いている彼女は、あろうことか俺に脱衣の洗濯を頼んできた。
「ワイ?」
「面倒」
いや。俺を何だと思っているので。ブラとかパンツを手にしろというのか。
「役得でしょ?」
「何をしてもいいんだな?」
「最終的に乾いて綺麗になっていれば、何をしても許すぞ」
勝った! 第三部完!
「じゃあ失礼して」
俺は彼女の大胸筋矯正サポーターを手に取る。そのお椀型に広がるスペースから、装着しているルイの胸の構造を逆算すると、脳がヒートアップしそうだ。
「今日はマアジの予定って?」
「普通に学校だ。こっちは一学生なんでな」
「ボクもまぁそうなんだけど」
確か黒岩ルイは芸能科のある高校に通っていたはず。俺は普通に進学校。
同じ学年に角夢杏子ちゃんが在籍しているのだが。
何この罪悪感。
「ねーえ。マアジ」
はいはい。
「キス…………しよ?」
「ワット?」
「行ってきますのキス……」
俺は朝の家事を終えて、歯磨き、寝汗のふき取り。それから制服を見に纏って登校の準備。駅近のマンションに住んでいるのでそれはいいとして。モジモジしているルイの提案こそ我が耳を疑うが如し。
「キス……ですか」
「キスですぞ」
ちなみに何故と聞いても?
「ハマったぞ」
何に。
「ラベンダーの香りのするマアジとキスするとね。意識がトローンってなるぞ」
「中毒って事か?」
「近いかも」
とはいえだ。アイドルとキスをするなんて俺には許されていない。こっちはただのドルオタ。アイドルとは適切な距離で接しなければならない存在だ。
「誰にも言わないから」
そういう問題でもないんだが。ダムだって小さな穴から決壊が始まる。
仮に。仮にだが。
もしオメガターカイトのセンターである黒岩ルイが知らない男とキスしていることがバレれば、ドルオタ界隈は一体どうなるのか。
「だから誰にもバレないように」
そんな場所があるか?
「今ここで」
たしかに俺の部屋ですれば、誰にもバレないわけで。
「本気でいいのか?」
「しないと頭がパーンってなりそうだぞ」
どういう意味で。
「マアジとキスしたいキスしたいキスしたいってヘビロテしてるの。脳が。性欲っていうか……なんかマアジとキスしないとお腹にたまったものが排出されないの」
「そうか」
俺はニッコリと笑んで、サムズダウン。
「病院に行け」
「そこを何とかー!」
とはいえアイドルが男にキスをせがむんじゃねーよ。俺が刺されたらどうしてくれる。
「キスしたいぞー!」
「そこまでか?」
「誰でもいいわけじゃないの。マアジだからしたいんだよ」
「じゃあ俺の魅力を語ってくれ」
「隠れイケメン」
「ダウト」
「唇が甘い」
「ダウト」
「一緒にいると落ち着くぞ」
それはミストルテインのおかげだな。
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