第9話
白目を剥きかけた。
アッこれがあれね〜。ハイハイ。
縁のないことだと思っていたワ〜。
ってそうじゃなくて。
今何て?
何て聞こえた?
『俺の』何?
『子』?
『を』?
続けて?
『孕』
流行りの幻聴かな?
わかったわかった。私が悪かった。貴方は幻覚などではなかった。歴とした実在する人物だった。ごめんねオバケ呼ばわりして。ごめん。ごめんなさいね。
許してください。
私はチョコなパイのことも忘れて本能から後退りを始めた。
周囲など気にならなかっ、
いや気にしている暇など余裕などなかった。
時々障害物に当たっても続けた。
自分の部署へ戻れるほど後退りをした。
「おっと」
丁度右手にあるドアから入ってきた誰かにぶつかってしまい彼から逸らせなかった視線が解放される。
「前坂ちゃんどしたの」
「あ、まのさ」
見上げると、上司の天野さん。
天野さんは私が見ていた方を辿り、彼を捉えた。が、不思議そうな表情を浮かべただけ。
「天野ー詰まってんぞー」
「はいはい」
私を支えてくれていた天野さんは優しく手を離し、ごめんね、と一言添えて後から来た上司たちに促されて行ってしまった。
私は再び向き直す。
奴は奥に居た。立つと尚更存在感があった。手にしたままのチョコなパイを一度見、スラックスの後ろポケットからスマホを取り出した。私をちら、と見、そのスマホを耳に当てる。電話があったのだろう。
逃れられた安堵に僅かに肩の力が抜ける。
「チョコなパイだけでなく諭吉さんも...どうにかして、ぜったい、かえしますから...」
その場から立ち去る奴に聞こえる筈もない声量だったが、それでも私がまるで借金をして脅されたかのような台詞を吐くしかなかった。
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