第36話最終話

 三好も山内さんも戻ってきて、2人は初めての登校になった。

 三好は先週の月曜日に来ていたけど、俺を脅すために来ていたみたいだから、実質来ていないのと同じだ。先生は来ていたことを知らなかったみたいだし。火曜日以降は休んでいたらしいし。

 何も知らない白水高校の生徒、は相変わらず俺と山内さんの噂が本当だと信じているようで、山内さんが登校することで女子の敵が前よりも多くなった。

 やれ、神山と何があったの、神山に何されたの、あいつ最低だね。神山のせいで休んでいたんだ。とか……。

 そう言う悪口は、俺のいないところでせめてしてくれない。というか、全部逆だからな。俺は三好に海辺かいへんノートのことに巻き込まれて、山内さんに殺されかけて、俺こそ真の被害者だからな。

 事情を全く話せないんだ。それに、誰も俺の言葉なんて信じてくれないだろ。

 せめて、山内さんから、神山とは何もないよ。と言ってくれればいいけど、俺への疑いが全く晴れなさそうなところ言うつもりなさそうだな。あとで頼んでみようか。俺の言葉なんて聞いてくれるかな。

 もう、これ以上言われたら、俺不登校になるからね。心病んで引篭るからね。

 せっかく海辺ノートのことが一件落着したと言うのに、授業に全然集中できない。山内さんとのことが気になりすぎて、頭に何も入ってこない。授業のノートも、全然取れない。

 もう何も気にしなでノートだけは取れるようになりたい。俺の集中力どこいった。

 どんなに真剣にノートを取ろうとも、どこかで必ず噂されていることが頭をよぎる。その瞬間、やる気が俺の身体から解き放たれる。

 

「勇人疲れているな」

 

 海辺ノートのこととか三好姉妹のこととか、色々ありすぎて、雄太と絡むのが久しぶりのように感じる。いろいろあったからな。

 

「雄太、周りが落ち着くまでノート写させてくれない?」

 

「ああ、それはいいけど……周りが落ち着くことってあるなかな……」

 

 そんなこと言わないで。俺も薄々感じているんだから。

 人の噂も75日と言うけれど、あと2、3ヶ月で終わりを迎えることは到底思えない。なんでこうなったかな。俺何も悪いことなんてしてないのに。本当に俺が被害者なのに。

 廃人となりかけている俺に、三好から1件のメッセージが届いていた。それは……。


『昼休み、地学室集合』


 嫌な予感しかしない。でも行くしかないよな。みんなに睨まれながら昼ごはんを食べるよりは寂しく食べるほうがマシだ。また、地学質でカップルにでも呪いでもかけながら昼ごはんでも食おうか。

 

「雄太ごめん。今日もちょっと別の場所で昼摂るわ」

 

「まあ、この教室じゃ無理だよな」

 

 うん。この教室だったら、俺途中で帰っていると思う。早退からの退学。

 

 

 昼休み。俺はまた地学室の前で立ち止まっていた。毎度のことだが、なぜか地学室を前にしたら緊張する。中には三好しかいないことはわかっているけど。

 毎度になるが、深呼吸をして息を整え、扉を3回ノックする。

 

「失礼します」

 

 この癖は治らないからもう諦めている。

 

「やあ、神山君。待っていたよ」

 

 いつもの席に三好と、俺がいつも座っていた席に山内さんがいた。

 

「や、山内さん。なんでいるの……」

 

「私がいたらお邪魔だったかしら」

 

 相変わらずの可愛い笑顔を向ける山内さん。

 あざと可愛い。

 

「ぶりっこ陽菜ちゃん発動だ」

 

「誰がぶりっこだって? あんた、今日の休み時間。私が誰かと話している時、ずっとニヤニヤ笑っていたよね。どういうつもり」

 

「そりゃ、素を知っているのにあんなの見せられたら笑ってしまうよ。陽菜ちゃんの演技力には惚れ惚れさせられるよ」

 

 言いながら三好は笑っていた。

 その間に俺はどちらの後ろに座ろうか悩みながら山内さんの背後をとった。単に窓から遠い方を選んだ。

 

「まだ笑っているの。ねえ、すごくイラつくからやめてくれない?」

 

「それはできないかな。だって、ぶっリこ陽菜ちゃん見てて面白いから」

 

「それをやめなさいって言っているの」

 

「堪えろと言うほうが無理があるよ。実はあんな性格なのに」

 

 言いふらしたそうだな。でも、気持ちは分からんでもない。だが、三好甘いぞ。男子の心はそう簡単に動いたりしない。むしろ、言い方強めの山内さんなんてご褒美だと思う奴もいるからな。きっと言ったところで、相手にされないのは三好の方だろ。男子を舐めちゃあいかんぞ。素はみんなバカだからな。

 

「言いたいのなら言っても構わないわよ。そんなことで友達辞めるとか言い出すやつなんてそもそも友達でもなんでもないから」

 

 これがツンデレなら、男子からはもっと点が高いぞ。流石男子人気1位の山内さん。考えていることが違うな。

 

「陽菜ちゃんって淡白な人なんだね……」

 

 三好が少し引いていた。そんな三好は少し考え事をして再び話しだす。

 

「なんでそんなに友達いるの。私だってクールキャラなのに、友達0ですけど! 最後に友達と遊んだの中1ですけど!」

 

「知らないわよ。私に聞かないでよ」

 

 三好に心からの叫びを、山内さんは冷たくかわす。

 入学当初からこの様子だったら、氷の女王とでも言われていただろうな。そんな山内さんも見てみたかった。

 

「いいもん。私はずーっとぼっちだよ。ぼっちで何が悪いんだよ。ぼっち最高」

 

 机に突っ伏しながら三好が言う。

 ぼっちのこと悪く言っているのは三好だと思うぞ。ぼっち最高なら顔を上げような。

 

「あんたは他人ひとと話さないからでしょ」

 

「だって、なんの話をしていいのか分からないんだもん」

 

「だから、友達がいないんでしょ。そんなの最近の話題を話せば誰でも話せるようになるわよ」

 

 ……山内さんその辺にしてくれ。俺にも矢が刺さっているから。

 

「じゃあさ、陽菜ちゃんが話しかけてよ」

 

 名案を思いついたように、顔を上げる三好。

 

「嫌よ」

 

 それをたった3文字で元に戻す山内さん。

 

「なんで、陽菜ちゃん冷たーい」

 

「自分でなんとかしてみなさいよ。話題なんてなんでもいいから」

 

 山内さん。だからやめて。俺の心にもグサッと刺さる言葉を言わないで。あと、三好もこれ以上山内さんに矢を射させないで。

 

「宇宙論について……」

 

「バカじゃないの」

 

 間髪入れずにそう言った山内さん。三好は今度こそ撃沈したのか、机から起き上がれなくなっていた。

 それでいい。もう何も言わないでくれ。

 

「ところでさ。私訊きたいことがあるんだけど……」

 

 山内さんは改まって俺の方を見る。ちょうど口の中に里芋を入れたばかりだって、里芋を噛みながら無言で頷く。

 山内さんから話があるなんて珍しい。

 

「さっきから、こっちを見ている人がいるけど、あれ誰?」

 

 山内さんに言われて扉の方を見つめる。そこには顔を半分だした東さんがいた。目を見開いて、こっちを見ていた。

 何しているのあの人。

 俺と目があった東さんは、何も言わずに扉を開けた。

 

「お、お久しぶりです……」

 

 俯きながら俺らの方に歩いてくる東さん。

 さっきの挨拶は誰に向けてのものなんだ。俺か。俺なのか。ついこの間少し話しただけなのに、「お久しぶり」なんて言うか。

 東さんは俺でも三好でもなく、山内さんの前で立ち止まった。

 

「陽菜先輩!」

 

 東さん、山内さんの後輩だったのか。

 

「誰?」

 

 あれ……東さん山内さんの後輩じゃないの?

 

「陽菜ちゃん、学校の後輩なのに知らないのは可哀想じゃん」

 

「そんな全員が全員知っているわけないじゃん。同級生だけでも200人以上もいるのに」

 

 東さん固まっているんだけど。仕方がないから解凍してあげようか。

 

「東さんは山内さんとはどんな関係なの?」

 

「はっ、陽菜先輩! わたし、小学生の時に同じ野球クラブでいた東です! 思い出しましたか?」

 

 山内さんはまだピンと来てない顔をしていたが、嘘も方便ということで、思い出したかのように話し出した。東さんの目を見ることはなく。

 というか、山内さん小学生の時に野球していたの? そっちの方が衝撃なんだけど。東さんに、小学生の時の山内さんの話を聞きたい。

 

「ああ、あの東さんね。あの時から変わっているから気づかなかったわ」

 

 めっちゃすぐバレそうなことを……。

 

「そうです! あの、東ひなたです!」

 

 それでいいかい。

 この子一応理数科なんだよな。頭いいんだよな。初めて話した時はそんな雰囲気だったけど、今は少しバカに思える。山内さんが魅力なのは否定しないけど。

 東さんは、山内さんの隣の席の椅子を持って、山内さんの真隣に座った。その距離立ったの20センチくらい。近くない。

 

「陽菜ちゃん。ちなみにその子もノートの所有者だよ」

 

 それ今じゃなくてもよくないか。

 

「そうなの? 東さんも未来を変えられるノートを持っているの?」

 

「もう、陽菜先輩。私たちヒナヒナ二遊間の仲じゃないですか。さん付けなんてよしてください」

 

 東さんこそよそうな。山内さん何にも思い出していない顔をしているから。

 

「ひ、ひなたちゃん……」

 

「昔のようにひなでいいですよ!」

 

「ひ、ひなちゃんもノートを持っているの?」

 

 山内火山の噴火メーターは80パーセントといったところか。それまでには退散した方が良さそうだ。

 

「はい! 陽菜先輩に使っていただくために、ご用意しています! 何なりとお申し付けください!」

 

 今日1番に目を輝かせて東さんは言う。

 この子ちょっとおかしい子か。山内さんとの相性悪そうだ。

 

「じゃあ、また明日私が預かってもいいかしら?」

 

「もちろんですとも! 陽菜先輩が言うのであれば、私の命でも差し上げます!」

 

 それは重すぎないか。流石の山内さんも引いているぞ。三好に「ばか」と言える山内さんが引いているぞ。

 

「……命なんていいから、また明日ノートを渡してちょうだい」

 

「わかりました! 懐で温めておきます」

 

「それはいいから」

 

「それではまた明日ここで会いましょう!」

 

 嵐は去って行った。とんだ台風だったな。いや、ハリケーンか。

 山内さんも東さんが地学室から出て行ったのを見て、大きなため息を吐いていた。

 うん。ため息出るのすごくわかるよ。見ているこっちも疲れたから。

 

「陽菜ちゃん。誰か思い出した?」

 

 休む間を与えずに三好が山内さんに言う。

 

「なんとなく。帰ったらアルバム見返してみるわ。あんな子だった記憶ないから」

 

 そこまで覚えていないのだったら、もはや別人では。

 

「ところでさ。神山君にもう1つ訊きたいことがあるのだけど」

 

 山内さんはまた改まって俺の方を向いた。

 俺は生唾を飲み込んで応える。

 

「どうしたの?」

 

「三好のノートって“海辺うみべノート”って書いているけど、なんで海辺なの?」

 

 それをなぜ俺に訊く。目の前に書いた本人いるのだからそっちに訊けばいいのに。

 

「それは……」

 

「神山君ストップ! それ以上は言わないで」

 

 三好の大きな声初めて聞いた。なるほど。俺には素直に話してくれたけど、山内さんに言うのは恥ずかしいと。顔を赤くしているな。これは面白くなりそうだ。

 俺が考えているうちに、山内さんからメッセージが入っていた。

 

『何で海辺ノートなの?』

 

『三好いわく、海辺(うみべ)と改変(かいへん)をかけて、海辺(うみべ)と書いて(かいへん)って読むんだよ』

『話してくれた時ドヤ顔で「いいアイディアでしょ」って言っていたよ』

 

 山内さんにメッセージを送って5秒くらいで山内さんは「ぷっ」と笑った。

 

「神山君! 陽菜ちゃんには言ってないよね!」

 

「大丈夫、大丈夫。何も聞いていないから」

 

 山内さんは笑いを堪えようとして、我慢ができす笑い出していた。

 笑いながら言っても信用はしてくれないと思うぞ。

 

「神山君!」

 

 山内さんが笑うから。バレちゃったじゃないか。どうせ収拾はつかないだろうな。

 

「まあまあ。これでおあいこってことで」

 

「おあいこ……」

 

 三好ではなく、山内さんの表情が曇りがかっていた。ああ、俺完全に言葉を間違えた。

 

「そう言えば神山君。昨日はよくも私のノートのことを三好に喋ったわね」

 

 あれれ。この流れは俺やばいんじゃないか。

 

「私も陽菜ちゃんだけには言わないようにしていたことなのに」

 

「ぷっ」

 

「また笑ったな!」

 

「だっておかしいから。『いいアイディア』なんでしょ」

 

「そんなことまで言ったのか神山君!」

 

 三好が顔を赤くして焦っている。何気に初めて見る表情だ。

 でも……これはやばいな。山内さんが大爆笑しているうちに退散しないと、昨日と同じようなことが起こる。

 鞄を持ってこっそりと逃げようとしたが、背後から両肩を掴まれた。

 

「何逃げようとしているのかしら」

 

「神山君、話はまだ終わってないよ」

 

 こんな時だけ協力体制を築くのはやめてくれないかな。何をしても俺に勝ち目なんてないから。それととりあえず、肩の手離してくれないかな。山内さん力強いから。

 まあ、山内さんの全力笑い声を聞けただけで今日は良しとしよう。いや、俺の人生、それだけ見えたら良かったんだ。

 この後、俺は床で正座をし、女子2人にこっぴどく怒られたのだった。

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