第35話

 三好と山内さんの指示(命令)で俺は、三好が集めたノートの中身を1冊1冊確認していた。心の中で涙を流し正座をしながら。

 

「このノート『芳子が戻ってきますように』としか書かれてないよ」

 

「灰色のノート。それは源三さんのノートだね」

 

 誰だよ、源三さんって。

 

「源三さんはね。17年前に奥さんを亡くしていて、それからはずっと1人だったんだけど、『Shaun』ができてからほぼ毎日通ってくれてて、『この店に通うのが生き甲斐だ』ってよく言ってくれてたんだよね。つい先日、源三さんも亡くなってしまったけど」

 

 何そのいい話。どっかの源三さん。誰だよなんて言ってすみません。

 

「その人もノート関係で?」

 

「ううん。源三さんは老衰だって。90も近かったし、身体が限界だったみたい」

 

 そっか。それなら仕方がないな。にしても、『芳子が戻ってきますように』って、亡くなった奥さんのことをよほど大切に思っていたんだな。感動して涙が出そうだ。

 

「最後には娘さんに会えたから、ノートに書いたこと叶ってよかったね。源三さん」

 

 芳子さんは奥さんじゃなくて娘さんだったのか。まあ、疎遠になっていたのだったら会いたいよな。ノートもほとんど使ってないみたいだし、このノートは大切に保管しよう。

 

「この人は……」

 

 薄い緑のノートを開くと……『宝クジに当たりますように』。全12ページにも及ぶその文字。見てすぐに閉じた。

 この人、他人に害はなしていないけど、欲望が強すぎる。なんか怖い。

 

「ああ、その草色のノートは片瀬さんのだね」

 

 三好の2枚目のノートで見た名前だ。確か、主婦だったよな。そして、会長に殺されているって書いていたはずだ。

 この主婦一体何をしたんだ。

 

「片瀬さんはね。ノートを使って献金を要求していて、会長に殺されたんだよ。お金って人を変えるから、丁寧に使っていかないとだね」


 にわかに笑っているが、何も笑い話ではない。金銭の要求も、会長の殺され対象になるんだ。気をつけないと。俺ノート使えないけど。

 

「でも、この人なんで、宝くじ当たらなかったの?」

 

「ああ、それはね。ノートに書くときには、言い切らないとダメなの。お願いノートじゃないから、お願いのような形式で書かれた言葉は認めてくれないの」

 

 へえ。なるほど。じゃあ、源三さんもお願い形式だったから、ノートが叶えてくれたわけではないんだ。まあ、どっちでもいいか。

 あれ、そういえば、山内さんも……

 山内さんの方を見ると、珍しく山内さんが顔を赤くしていた。

 そんな山内さんを見て、俺はニヤケが止まらなかった。

 

「な、何……」

 

「そういえば、山内さ……」

 

「お、おお、お前何言おうとしている。さっさと次のノートを開けなさい!」

 

 山内さんは、俺よりも大きな声を出して言葉を被せてきた。俺の顔をノートの方に無理矢理向けながら。

 だが、山内さんよ。甘いな。俺の作戦はそうじゃないんだ。わざと止められるようにゆっくりと言ったんだ。そう、俺じゃないあの方が、絶対に興味を持つから。あの人を俺も山内さんも止められないだろうから。

 

「何々! 神山君。陽菜ちゃんはノートになんて書いてあったの?」

 

 よしかかった! 俺はこれを待っていた!

さあ、山内さん、君の負けだ。勝ち負けの話ではないと思うけど。

 

「な、なんのことよ。ほら、神山君。無駄話をしてないで次のノートに……」

 

 今度は俺が、山内さんの言葉に被せる。

 

「山内さんはノートに、テストの1位と陸上での1位を“願って”いたんだよ」

 

 “願って”を強調してわざとらしく三好に向かって話す。

 さて、山内さんはどんな表情を見せてくれるのかな。

 結果的に言ってこれは悪手だった。俺は山内さんに背後から羽交締めにされた。

 ああ、山内さんの柔らかいものが当たって……いや、待って本気で息できないんだけど。そして、山内さん力強い。全然、手が離れない。ちょっと待って山内さん……。ああ、三途の川が……。

 俺は本気で意識を失いかけた。それと、おしっこを漏らすかと思った。生と死の瀬戸際を訪れた気分だった。

 そして俺は誓ったのだった。山内さんは何があってもイジらない。次は本当に殺されるから。

 

「陽菜ちゃんやりすぎ」

 

「そうかな。神山君が悪いと思うよ」

 

 はい、その通りです。俺が全面的に100パーセント悪くございます。

 もう争いの種を生まないためにも、ノートを全て三好の鞄に片付けた。最後の1冊。三好妹のノートは残して。

 

「六花。ノートは預かるからね」

 

「うん。お姉ちゃんなら安心」

 

 三好は鞄を持ち上げて、鞄の口を大きく開く。三好妹は、すぐに入れず、ノートで口元を隠して姉も見つめながらこう言った。

 

「お姉ちゃん。私が今思っていることを当ててみて」

 

「え? 何急に?」

 

「いいから」

 

 三好は斜め右を見上げながら考えていた。

 

「お姉ちゃんのカレーが食べたい!」

 

「ハズレ」

 

 そう言って、自分の持っていたノートを姉の頬に勢いよくぶつけたのだった。

 

「痛っ‼︎」

 

 三好の悲鳴とバチッ! という電気音が家中に響き渡る。

 

「痛っ! 何するの六花⁉︎」

 

「最後にお姉ちゃんを出し抜けたなって」

 

 三好妹は堪えていたものが爆発したかのようにゲラゲラと笑い出した。

 俺と山内さんは苦笑いが精一杯だった。

 とりあえず三好。大変だったな。俺から言えるのはそれだけだ。

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