第31話

 俺は山内さんを店の外に連れて、三好からは見えない位置に隠れた。万が一にも聞かれたら困るから。

 

「で、三好さんに聞かれたくない話って何?」

 

 ここまであからさまに三好を避けたらバレるか。流石、山内さんだ。今はそれどころじゃないけど。

 

「あ、あの……実は、三好を生き返らせるにあたって、三好の妹と約束をしてしまったんだ」

 

「さっき言っていた六花ちゃん?」

 

 俺は頷く。

 

「さっきの三好の話を聞いていてわかったと思うけど、三好と妹さんの仲って凄く悪くて。三好の妹から、姉との仲直りを手伝って欲しいって言われたんだ。山内さんに頼むようなことでもないけど、姉妹仲に男の俺が入り込めなくて、困っていたんだ。今更言うのは卑怯だけど、これでおあいこってことにしてくれないかな?」

 

 お願いを聞いてもらうために変にカードを切ってしまった。こんなことはしたくなかったのに。でも、背に腹はかえられぬ。

 山内さんはため息を吐いていた。それも並のため息ではなくて、割と長めのため息だった。

 ごめん山内さん。

 

「わかったわよ。2人を仲直りさせたらいいのね。それで、今ここに三好の妹、六花ちゃんを呼び出せる?」

 

 この間、店主に教えてもらったばかりだから、連絡はできる。ただ……。

 

「最近の中学生は興味がないこと以外には返信がすごく遅いから、本人どころか連絡が来るか来ないかもわからないよ」

 

 山内さんは頭を抱えていた。

 それについては僕も同感だ。この姉妹、揃ってめんどくさい。

 

「スマホ借りてもいい?」

 

「ああ、うん」

 

 山内さんにスマホを差し出し、どんな言葉を送るのか見守る。

 俺のスマホだから変ことだけは送らないで欲しいけど。山内さんなら大丈夫だろう。

 

「はい」

 

 そう言われて返されたスマホを見る。

 

『今すぐお店の前まで来い。さもないと姉の命はない』

 

 ……山内さんやってくれたな。何この絶対に失敗する誘拐犯のようなメッセージ。こんなので来る人なんて……。

 

「あ、姉を人質に呼び出すとは、み、見損ないましたよ。そんなことに私が屈するとでも!」

 

 いや、来るんかい。しかも早い。

 それと、盛大な勘違いをしている。

 

「これを送ったのは、俺じゃなくて……」

 

 山内さんの方を見る。山内さんはにっこりと笑顔で。

 

「お久しぶり。先日は勝手に押しかけてごめんね。それで話は聞かせてもらったから、私にも詳しく話を聞かせてね」

 

 にっこり笑顔の内面に隠れている、般若のような恐ろしい心が時々垣間見えたようで、三好妹は、俺の陰に隠れていた。

 俺もできればどこかに隠れたい。近くに洞窟でもないかな。一生出てこないから。

 

「……は、はい」

 

 完全に怯えている。まるで虎に狙われているシマウマのように。かわいそうだけど、ごめん。俺には何もできない。山内さん怖いから。

 

「それで」

 

「は、はい……」

 

 せめてその笑顔だけでもやめてあげて。俺まで怖いから。あと、三好妹も俺の背中からいなくなって。

 

「姉と仲が悪いって聞いたけど、原因ってあるの?」

 

 あれ。意外と真面目なことを聞いている。

 もっと恐ろしいことになるのかと思っていた。思っていたことはご想像にお任せします。

 

「えっと……あの……」

 

 まだ震えている。山内さんは今は怖いけど、信じて大丈夫だよ。根は本当に優しくていい人だから……殺されかけたけど。

 

「とりあえず神山君から離れなさい」

 

 それもやめてあげて。こんなに怯えて震えている子を……。

 俺が山内さんに目を合わせると、山内さんは、眉間に皺を寄せて、お前が離れろ。と言わんばかりの顔を浮かべていた。

 はい。

 心の中でそう呟きながら、三好の妹を1人にするべく山内さんの後ろに回った。

 流石に俺についてくることはできなかったみたいで、三好妹は久しぶりに山内さんと対面していた。

 サッカーをしててよかった。

 俯いて手をいじる三好妹。

 その気持ちわかる。怒られている時って、手をいじりたくなるよな。でもな、それしたら余計に怒られる時もあるから気をつけなよ。特に、顧問とかいう生き物は注意だぞ。

 

「長話になりそうだから座ろっか」

 

 山内さんは三好の妹に笑顔で語りかけ、花壇の淵に腰を下ろした。

 

「……はい」

 

 三好妹はそう言って、地面に正座していた。それも、一般的な道路にだ。

 三好妹よ。正座は山内さんがいじめているみたいだからやめよう。あと、流石に道路は痛いだろ。悪いことは言わないから、とりあえず山内さんの隣に座りな。

 

「ここに座りなさい」

 

「いえ。こちらで大丈夫です」

 

 何やっているんだこの2人。

 

「もう立って話せばいいじゃん」

 

 しまった心の声が漏れてしまった。うわ。めっちゃ2人に睨まれている。

 

「その方がいいかもね」

 

 山内さんが立ち上がったのを見て、三好妹も立ち上がった。相変わらず俯いたまま。

 よかった。また山内さんに殺されるのかと思った。殺されなくてよかった。てか、まじでなんだったんだ2人のやりとり。単なる時間の無駄だったじゃんか。

 

「それで、姉と仲が悪いのはなんで?」

 

 あまり強く言わないであげて。三好を殺したこと実は悔やんでいたんだから。姉との仲直りを交換条件に出すくらいだから、根はいい子なんだよ。もうそれしか言えないけど。まあ、口から声は出ないけど。

 

「それは……その……お姉ちゃんがすごくて、私は何をしてもダメで、お母さんがうるさくて、誰とも話したくなくなった……」

 

 ……うん。俺は事情を知っているから言いたいことは伝わったけど、山内さんにそれは伝わるか。はたから聞いていれば、なんのことやらだけど。

 

「なるほどね。とりあえず、三好が1位ばっかとって、家族に姉と比べられて嫌になったってことね」

 

 三好妹は無言で頷く。

 なんで全部お見通しのようにわかるの山内さん。怖いんだけど。

 そういえば、山内さんってうちの学校の2位だったわ。頭いいから全部わかってしまったのか。うん。そうしよう。

 

「姉のことちゃんと見えていないのね」

 

 山内さんは、嘲笑うように三好妹に言った。

 なぜそんな追い打ちをかけるようなことを。これ以上いじめてあげないで。

 

「六花ちゃん。50メートル走何秒?」

 

「8秒です」

 

「ちなみに私は6秒5よ」

 

 まじか山内さんそんなに速いのか。俺と変わらないじゃんか。足の速さが唯一の取り柄みたいなものなのに。やばいな。

 ところでそんなこと聞いてどうした? 話としては全然関係ないよな。

  

「姉は何秒だと思う?」

 

「……聞いたことないので知りませんけど、小学生の時は平均よりは早かったです」

 

「聞いて驚くと思うけど、姉は9秒6だよ」

 

 まじか。三好そんなに遅いのか。俺、でも女子の平均とか知らないな。それは遅いのか。いやでも、もうすでに妹に負けているから、遅いのか。

 三好妹の顔を見ると、山内さんから伝えられた衝撃的な結果に唖然としていた。

 妹から見た姉はそんな完璧人なのか。

 

「六花ちゃんが完璧だと思っている姉は、実は運動音痴で、バレーなんかした時にはよく顔面でレシーブしているわよ。この世に完璧な人なんていないのだから、親の言葉なんて気にせずに、やりたいことしていればいいのよ。ちなみに言っておくけど、私はテストでは学年2位。50メートル走は学校1位だよ。姉よりは私の方が完璧じゃない?」

 

 最後の言葉がなければ、俺の中での山内さんの株は爆上がりしていただろう。好意を通り越して崇めていたに違いない。

 三好妹は、山内さんに憧れに似たキラキラした視線を向けていた。

 

「す、すごい……先輩!」

 

 この場に三好がいたなら、話がこじれてもっとややこしくなっていただろう。三好妹よ。その目は姉に向けてくれ。なんだか三好が可哀想だから。

 三好という人物に対して団結してしまった山内さんと三好妹は、勢いのまま店内に入ってしまった。

 もちろん俺は止めようとはした……頭の中で。だって、猪のような勢いがあったもん。あれは誰にも止められないよ。

 2人について行かずに、1人外で通り過ぎる車が起こす風を浴びる。大きなトラックが通るたびに、風と合わせて黒い排気ガスを撒き散らしているけど、今の俺にはお似合いだとも思った。

 俺、帰っていいかな。

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