第25話

 簡単には逃してくれないか。さすが三好の妹だ。って、感心している場合じゃない。俺の抵抗もここまでか。

 

「何かな。ノートをすぐに欲しいって言うのなら、今すぐに取りに帰ってもいいけど。自転車だからそう時間はかからないし」

 

「そうじゃないんです。姉の友人さん。あなたの名前をまだ聞いてません」

 

 のらりくらりとかわせると思っていたけど、無理だったか。もうネタ切れだ。これ以上は時間稼ぎも何も思いつかない。

 

「仕方がないな。名前を教えたら、聞きたいことに答えてくれる?」

 

「質問の内容によります」

 

「わかった。俺の名前は“山内勇人”だ」

 

「それ偽名ですよね」

 

 何故バレた。もしかして知っているのか……。どこかで俺は名前を……。

 可能性としては2つ。1つは前に会った時に山内さんが言っているのを聞いていたか。

 呼ばれた記憶はないのだけど。

 もう1つは、さっき店でのやり取りで、店主に「神山君」と言われていたのを聞いていたか。

 

「どちらも違いますよ」

 

 うん? 何で俺の考えていることがわかる。

 まさか……。

 

「正解です。私がノートに書いて、まずは偽名を言うように仕向けたのです」


 何故そんな意味があるかもわからないことを。

 俺の表情が伝わったのか、三好妹は笑顔で応える。


「理由は簡単ですよ。偽名で潜り抜ける未来をなくすためです。それともう1つ。ノートの仕様をお知らせするためです」

 

 三好妹が見せびらかしていたノートには、『目の前の人は偽名を言う』と書かれていた。そんなことができることを知らなかった俺は、空いた口が閉じなかった。

 

「流石にここまでは知らなかったのですね。やっと姉を出し抜けた気がします。実はノートに書くのは、人名じゃなくてもいいんですよ。ノートを使っているときに目の前だと認識した人を書いても大丈夫なんですよ」

 

 さすがは三好妹。姉に似て、よく調べている。三好がそのことを知らないとは思えないけど、今回は完敗だ。

 

「そっか。君はいつでも俺を殺すことができたんだね」

 

「はい。その通りです」

 

 しくじったのはどこからだろうか。最初からだろうな。こんなことになるのなら、関わらないほうがよかったかもしれない。何で三好を生き返らせるとか思ったかな。あーあ。短い人生だったな。

 

「それじゃあ、最後に訊こうかな。何で姉を殺したの?」

 

「店でも言った通りですよ。姉と比べられるのはもう懲り懲りなので」

 

「そっか。三好は悪い人ではなかったけどな。遺書も預かっているから一緒に持ってくるよ」

 

「遺書は要りません。興味はないので。というか、私が殺そうとしていることわかって殺されたと言うことですか?」

 

「ああ、そうだな。妹に殺されると明確に書いていたよ」

 

 三好妹は舌打ちをして、ノートに文字を走らせる。

 俺のせいじゃないからね。

 

「俺の死因は決まったの?」

 

「ええ。面倒なので、近くの橋で首を吊ってもらうことにしました。それと、もうノートは必要ないので、死亡時刻を5分後に設定しました」

 

「そっか。もう死ぬのか。首吊りか、三好に比べたらマシな死に方だな」

 

「姉は嫌いだったので、苦しんで死んでもらいました。あなたのことはどうでもいいので、適当です」

 

 ノートに書かれているのに、俺の足は動かない。ここからなら最寄の橋でも3分以上かかるのに。やはり、過激なことを書き過ぎたら、差し止めを喰らうんだな。

 

「名前も知らない姉の友人さん」

 

「神山勇人だ。これだけは本当」

 

 俺は財布の中に入っている学生証を見せる。顔写真は親指で隠して。

 

「今度は嘘ではないみたいですね。では神山さん。1つ言っておきます」

 

「なんだ?」

 

「設定時間は短いので、遺書を書くのなら早くしたほうがいいですよ。ノートの切れ端でよければ、プレゼントしますから」

 

 丁寧にペンとノートの切れ端を渡してくれるが、俺はそれを受け取らない。もう時間に間に合わないことがわかっているから。

 それにしても遅いな。前回は名前を書かれる前に来たのに。

 

「……君がノートに書いてから5分が経ったよ」

 

「何で! 何で何も起きない!」

 

 まあ、そうなるよな。山内さんの時もそうだったし。

 三好妹は、力強くノートを掴んで開いていた。ノートを見つめる目は、それはそれはおぞましいものだった。

 

「何で、何も書いてない! 確かに書いただろ! 欠陥品か!」

 

「だってこのノートは未来を変えるためのノートで、人を殺すためのノートじゃないから」

 

 驚いて掴んでいたノートを床に落とす三好妹。無理もない。背後から首に刀を向けられているんだから。久しぶりだ、会長。

 

「誰だお前! 警察に通報するぞ!」

 

 三好妹は必死に抵抗するが何1つ効いていないようで、会長は動揺の1つも見せなかった。

 

「勝手にすればいいよ。警察が僕を捕まえることは不可能だから」

 

 三好妹は言われた通り、ズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を4回タップして電話をかけた。

 

「何で……何で繋がらないの……」

 

「無駄だよ。今この辺は一帯が圏外になっているから」

 

 そんなばかな。

 俺もスマホを取り出してスマホを確認すると、確かに圏外になっていた。

 どうやって圏外にしたんだ。

 

「お前何をしたんだ!」

 

「何って。携帯を圏外にしただけ」

 

 それは見てみんなわかっている。そうじゃなくて原理を聞いている。どんな方法を使ったのか。

 

「ふざけるな! 何が目的だ!」

 

「僕の目的は、ノートを健全に使っているのか見に来ただけ。健全に使っていない人は排除する。渡したノートにもそう書いてあるだろ」

 

 確かに公序良俗に反しないものは強制的に所有権を放棄させる、とは書いていたけど、殺されるなんて書いてないぞ。判断基準もわからないし。三好姉はよくて俺はダメな理由はどこを探してもないと思う。

 

「俺は、君にノートを破って欲しいんだ。俺の話はそれで終わる。考え直す気はないか?」

 

 今の今まで声を荒らげていた三好妹は急におとなしくなって、俯きながらつぶやいた。

 

「お姉ちゃんを生き返らせて何がしたいの? お姉ちゃんが学校で友達もいなくて浮いていたことは知っているから。生き返らせる必要なんてないよ」

 

 三好……友達がいないこと妹にもバレているぞ。俺なら泣けるな。

 

「そうだとしても、俺はノートの所有者をこれ以上増やさないためにも、三好の力が必要なんだ。だから頼む。考え直してくれ」

 

「……わかった。その代わり後でお願い聞いて」

 

 三好妹はノートを破った。そして破ったページを粉々にしてその場に破り捨てた。

 

「これでお姉ちゃんは戻ってくるの?」

 

「ああ」

 

 自信がないから会長の方を見ると、会長は三好妹の首に当てていた刀を鞘に収めて、無言でこの場を去った。

 頼むから最後に何か言ってくれよ。俺はそう思った。

 

「それで、お願いだけど……」

 

 俺の有無を聞かずしてノートを破ったのに、せめて内容くらい先に言ってくれてもよかったのに。俺にだってできないことはあるからな。

 

「うん。できる範囲だけど」

 

「お姉ちゃんとの仲を取り持って」

 

 うん? 俺の聞き間違いか。“お姉ちゃんとの仲を取り持って”って言ったのか?

 三好を殺した本人なのに。殺したいほど憎んでいたのに。

 

「ちょとと一回考えさせて……」

 

「するのしないのどっちなの!」

 

「します!」

 

 姉と似て勢いだけは申し分ない。

 勢いで受けてしまった。

 

「お姉ちゃんが生き返ったのだったら、多分『Shaun』にいるよ。お姉ちゃん家にはほとんどいないから」

 

 俺は慌てて外に出て、電柱の影からこっそりと店内を見つめる。いつもの席には、何もなかったかのように紅茶を啜っている三好の姿があった。

 てか、いつの間に店開けたんだ。臨時休業していたじゃん。

 

「会いに行かないの?」

 

 背後から声がして振り返る。そこには、三好妹がいた。

 

「今はそってしておくのがいいかなって思う」

 

 久しぶりに三好の姿を見た俺は、泣きたい気持ちでもないのに、目からは勝手に涙が溢れていた。

 こんな姿を三好妹には見られたくないから、顔を見ずに、別れを告げて走り去った。

 今日は何でか気分がいいから走りたかった。

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