第23話

 10月17日土曜日。俺は、三好の妹に会うために部活終わりに『Shaun』に来ていた。

 昨日の放課後に、店主には三好の妹と会うための時間を作ってもらった。すんなりと了承してくれるとは思っていなかったけど、話が通ってよかった。まさか、臨時休業までしてくれるとは思ってもいなかったけど。本当申し訳ない。

 店主の話では、三好妹の来客がいるというていで店に呼び出してくれるそう。俺は隠れて三好妹が来るのを待つ。

 が、俺なんでトイレに隠れているの。机の下とかでもよかったんじゃないの。

 店主の話では、三好妹は警戒心が野生動物並みあるそうで、もし早い段階で俺の姿を見られたら、絶対に逃げられるらしい。

 それ、俺が隠れていても隠れていなくても同じじゃね。そう思いながらトイレに隠れていた。

 トイレの外から話し声が聞こえる。ここのトイレは窓がないから、この話し声は間違いなく店内で行われている会話。三好妹の可能性が高い。が、扉があるトイレをどうやって出たらいいんだ。会話がどこでされているのかわからないから、勢いよく出るのか、そっと出るのか悩みどころだ。

 ……勢いよく出たら次の行動が難しいからそっと出るのがいいか。

 扉が音を立てないようにそっと開きながら、顔を出して外の様子を確認した。

 まだどちらも俺の存在を認識してはいない。いい調子だ。このままいけば予定通り三好妹を挟み撃ちにできる。

 俺の背後で、バタンッ! と音を立てながら扉が閉まった。最後の一手を誤ってしまった。

 

「あっ……」

 

 自然に漏れる声。

 俺は三好妹に認識された。

 三好妹は俺の姿を見るなり血相を変えて、外に逃げ出そうとしていた。場所的に1番近いのが厨房の出入り口。目指そうとして、店主が壁を作り、行く手を阻む。

 ここまでは想定内。三好妹はもう一方の出口、店舗の出入り口に方に向く。店舗の入り口は鍵がかかっているから、そこを俺が確保する。完璧な作戦。

 三好妹は、厨房近くの窓から外に出て、走って行ったのだった。

 

「神山君追いかけて!」

 

 店舗の出入り口付近にいた俺は、扉の鍵を開けて、外に出た。

 三好の妹が窓から逃げ出してからそう時間は経っていない。脇道に逃げられたら、土地勘のない俺が不利だが、冷静さを欠いていた三好妹にそれができるのだろうか。三好の話では、頭はそこそこらしいから、焦ってただ走っている可能性が高いと思う。ようやく活躍できる時が来た。サッカー部の足を見せてやる。

『Shaun』を出てから学校まではまっすぐの直線で、学校の横くらいから緩やかなカーブになっている。

 三好妹は、あまり体力がある方じゃないみたいだ。最初のカーブを曲がったところで、息を切らして座り込んでいる三好妹を見つけてしまった。それも学校前にあるもうとっくに閉店してしまっている洋服屋さんの前で。

 

「三好さん、俺は話がしたいんだ」

 

 そう言いながら近づくと、切らした息に混じって涙声を出していた。

 

「……ごめんなさい。お姉ちゃんを殺したのは私なんです」


 いくら人がいないとはいえ、この場所でそれを言うか。学校の目の前だぞ。

 

「と、とりあえず、店に戻らない?」

 

 三好妹は無言で頷いて、涙を拭いながら立ち上がった。

 俺の方を見ることなく、俯いたまま歩き出す。その後ろを俺も歩く。

 何か話をしてあげたいけど、今話せる話って何もないな。このタイミングで面白い話はなしだし、三好姉のことについて訊くのも違う気がする。三好姉について俺が知っていることを話せれば、それで時間は持ちそうだけど、俺三好姉について何も知らないから話せる内容がない。

 元々そう遠くにまで来ていなかったから、話の内容を考えているうちに店まで戻って来れた。

 

「いらっしゃい。紅茶入れるね」

 

 店主に迎え入れられて、俺と三好妹は、三好姉がいつも座っていた席に座る。三好が座っていた椅子は三好妹に譲った。

 

「訊きたいことはたくさんあるけど、まずはお姉さんを殺した理由を聞かせてもらってもいいかな」

 

 出された紅茶には一切口をつけず、俯いたまま答える。

 

「ノートを拾った時は、くだらないいたずらだと思っていました。でも、嫌いな同級生が事故に遭うようにノートに書いたら、それが現実に起きて、怖くなって……ノートをゴミに捨てたんですけど、また戻ってきて。どうしていいかわからなくなって……そんな時に、お母さんに言われたんです。“七海はまた1位を取ったって”と。小学生の頃からずっと言われてました。七海みたいに、七海みたいに。あの時は魔が刺したんです。お姉ちゃんなんていなくなればいいのにって。私も寝ぼけていたので、書いたことの恐ろしさを知ったのは、お姉ちゃんが死んだとニュースになった時でした。それから、ノートは怖くて押入れに封印しています。もう使いたくないので」

 

 相当追い詰められていたんだ。苦渋の決断はちょっと違うか。悩み込んだ末の犯行。情状酌量の余地はある。減刑は当然だ。

 

「ノートのことについてはどれくらい知っている?」

 

「ノートのこととは?」

 

 言葉が足りなかった。俺だって三好がいなければ、ノートのことについては何も知らなかっただろうな。

 

「えーっと。ノートに書いてあるルール以外で知っていること。例えば、過去は変えられないみたいな」

 

「ごめんなさい。ノートは1回しか使ったことがないので、ルールで書かれていたこと以外は何も知らないんです」

 

 怖くなって使わなくなったのならそうだよな。三好姉のように検証と結果を書き記していく方が変だよな。三好姉は変わったやつだったけど、妹の方は真面目でいい子だ。

 

「じゃあ、今から言うことを試してほしい。三好に死ぬように書いたページを破ってほしい」

 

「何でですか?」

 

「ノートを破れば、書いたことがなかったことになるんだ。だからノートのページを破れば三好は生き返るから」

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