第19話
次の日の放課後。部活が終わって俺は『Shaun』に向かった。
部活が終わったのは20時過ぎ。『Shaun』に着いたのが20時13分。早めに着いたのには訳がある。それは店主に事情を話すためだ。俺に何かあったときは、店主が警察に話を通してくれる約束をするため。まだ四熊が会いにきてくれると決まったわけじゃないけど、何があるのかわからないから。
俺は三好とよく話をしていた席に座り、店主が入れてくれた紅茶を口にしながら四熊を待った。
20時半。
約束の時間になった。
三好とよく使っていた席は、外の駐車場が一望でき、入ってくる人を監視するにはもってこいの場所だ。
さすが三好だ。常にここから監視していたのか。恐ろしいやつめ。
まだ約束の時間内だが、今のところ怪しい人物はいない。本当に来ないかもしれないな。
そこへ。もう太陽も沈んだと言うのに、帽子を深く被ってサングラスをかけた男が現れた。いかにも怪しい男は、店内に入り、迷うことなく俺の席の前にきた。椅子に座る前に帽子とサングラスを外す男。その顔は俺のよく知っている顔。
「雄太!」
怒りが込み上げてきて、勢いよく立ち上がると、俺とは反対に男はゆっくりと椅子に腰掛けた。
「落ち着いて。君の知っている雄太君じゃないよ。僕は彼の顔を借りているだけだよ」
確かに口調はいつもの雄太とは違う。この間会った四熊と口調は似ている。
「何で雄太の顔をしているの? それに雄太は?」
「だってここは学校から近いのだから、君が全く知らない人と話をしていたら不自然に思われるでしょ。知っている人の方が、誰が見ても安心できるから、君が1番仲の良い雄太君になってみたんだ。安心して、雄太君は今家でご飯を食べているから。死んではないよ」
入店と同時に男はコーヒーを注文していたみたいで、店主が直々にコーヒーを運んで、男の前に置いた。運ばれてきたばかりのコーヒーを男は口にして、立ち去らない店主を睨みながら言った。
「店主。余計なものは入れないでいただきたい。せっかくのコーヒーが台無しだ」
その言葉を聞いて顔を青くした店主は、逃げるように厨房の奥へと消えていった。
「それで僕に何の用かな?」
雄太の顔をして言われたら気持ちが悪い。
俺は生唾を呑んで深呼吸をした。
「君に訊きたいことはたくさんある。全ての質問に正直に答えてくれる?」
男は頷く。
「もちろんだとも。僕は嘘が嫌いだからね」
俺は三好の
「これは君が作ったもので間違いない?」
「ああ。そうだよ。僕が実験用に作ったノートだよ」
「どうしてこんなノートを作ったの?」
「それは人間を観察するため」
「人間の観察ってどんなことをするの?」
「詳しいことは企業秘密で話せないけど、ノートを手にした時の人間の反応かな。それを観察している」
「ノートは全部で何冊あるの?」
「ノートは全部で50冊。その内の11人は死んでしまって、所有者のいないノートは8冊あるよ。残りのノートもこれから順次決まっていくよ」
「ノートの所有者の名前を全員教えて」
「それは個人情報だからできない」
「ノートの所有者に選定条件はあるの?」
「ないよ。ランダムに選んでいる」
「うちの高校に集まりすぎている気がするけど?」
「たまたま。偶然だよ。僕もこんなことが起こるんだって驚いているよ」
ノート本体のことについてはこのくらいか。あとは……。
「何で……山内さんを殺したの?」
「君、あの状況でよくそんなことが言えるね。あの時僕が彼女を止めていなかったら、君は今頃彼女に殺されていたんだよ。僕としては感謝してほしいくらいだよ」
「ふざけるなよ! 人殺しておいて!」
声を荒らげて店内にいた客の注目を集める。
見て見ぬ振りをされるが、きっと変な噂をされているんだろうな。
「人を殺しておいてか……よく言われるよ。でもね。君だって虫は殺すでしょ。命は同じなわけだから、君に言われる筋合いはないと思うんだけど」
「人と虫では命の価値が違う」
「なるほど。命の価値が違うから、殺してもいいと。だったら、僕が殺したのも正当化されるよ。だって、彼女はノートを使って人を殺そうとしたから。僕からしてみれば虫ケラ同然だよ」
「自分のものさしで……」
今度は男の方が声を荒らげる。
「それは! 君も同じだろ。僕からしてみれば、虫ケラ同然って話だよ。それよりも質問は以上かな? ないのなら帰らしてもらうのだけど」
立ちあがろうとしていた男の手を掴んで行動を止めた。
「待って、まだある」
男は少し浮かしていたお尻を再び椅子につけた。
「質問、あるのならどうぞ」
「三好を……三好七海を殺したのは君なのか?」
「うーん。僕は間接的に補助しただけで、直接手は下していないよ」
「じゃあ、誰が?」
「それはさっきも言ったけど、個人情報になるから言えない。それとね。僕らはああいう殺し方をしないんだよ。苦しむ時間を与えないようにするのが僕らの信条。ほら、山内さんの時を思い出してくれるとわかると思うけど。三好さんの場合は、僕らの理に反しているんだよ」
男がそう言うから、俺は山内さんのことを思い出してしまい。また吐き気に襲われた。慌ててトイレに駆け込んで、胃酸と入ったばかりの紅茶を吐き出して、さっきまでいたテーブルに戻った。そこには男の姿はなかった。
店主の話によると、俺がトイレに行ったらすぐに帰ったらしい。それもお会計を済ませてくれて。
奢ってくれるのだったら、もっと他のものを食べたらよかった。いや、吐き出す時に苦しいから、何も入ってなくてよかったのか。
吐いている俺を見て心配してくれた店主はコップに一杯の牛乳を注いでくれて、俺はそれを飲み終えてから家に帰った。家に帰った時刻は22時前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます