第18話
昨日あんなことがあったのに、身体は朝練の時間に慣れてしまって起きてしまうものなんだな。もう少し寝たかった。
今日1日は本当は学校を休みたかった。でも、確認したいこともある。もしかするとあれはとんだ悪夢だった可能性を考えているからだ。そうであってほしいと願っているからだ。でないと……心が持たない。
一応みんなには少しでも悟られないように、朝練には行こうか。
朝練に行った俺は、何故かみんなから視線を集め、現れたばかりの監督に部室裏に呼び出された。
全く心当たりがなかったが、監督はこう言った。
「昨日は何していたんだ!」
それも唾をかける程の大声で。
昨日……それを思い出しただけでも、俺は吐き気に襲われた。朝は食欲がなく何も食べていないのに。
昨日に引き続いて、今日も吐いてしまった。流石の監督も目の前で吐かれたら起こるに怒れなかったみたいで、何故か保健室で面談のようなことが始まった。
俺はベッドに座ってていいんだろうか。
「神山。部活を休む時は休むと言ってくれ。他の部員に迷惑がかかるんだから、報告は忘れずにな」
「すみません……」
山内さんめ。僕が部活に行かないって書いたのなら、せめて理由を付け加えてくれよ。
山内さんのことを考えると、また吐き気が催した。監督が、近くにあった金属製のトレイを俺の目の前に置き、俺はそのトレイに胃酸を吐いた。もう胃酸以外に出てくるものがない。喉がイガイガして気持ち悪い。
監督は俺の背中を優しくさすって、ため息を吐いた。
「神山。悩んでいることがあるのなら、話くらいは聞いてやれるぞ」
めちゃくちゃ大きな悩みを抱えているけど、これは他人には言えない。何があっても。
「大丈夫です。今日は少し調子が悪いだけです」
監督はまたため息を吐いた。
「大人に相談しづらいことなら、友人に相談するのもいいかもしれないぞ」
相談できる友人はみんな死んでしまいました。とも言えない。
「……はい」
俺にできることはそう答えるだけだった。
監督は席を外して、入れ違いで保健室の先生が現れた。
先生に体温計を渡されて脇にさす。その間に下瞼を下されて目を確認された。その後は問診、血圧のチェック。一通り終えて、職員会議があるとかで席を外す。
落ち着くまではベッドで休んでいなさいと言われたから、チャイムがなってもベッドの上で休んでいた。
こんな体たらく久しぶりだ。今までずっと部活しかしてこなかったから。ずっと横になるのも悪くないな。でも、暇だな。
学校中にチャイムがなって、1時間目が始まったことを告げた。保健室の先生にはトイレだと言って保健室を抜け出した。そんな俺の目的は1つ。昨日、山内さんが殺された現場に行くためだ。
首を落とされるなんて、残酷な殺され方をしたのに、全く騒ぎになっていないのがおかしい。人が通らないからみんな気づいていないだけ。その可能性も含めて確認するためだ。
体育館裏に近づくにつれて、胃がムカムカ。角を曲がれば山内さんと会っていた場所だったが、その手前でまた吐いた。吐いたと言っても、胃酸も何も出てこなかったけど。単に唾をこぼしただけだ。
口を拭って、角からチラリと覗くと、昨日までは血の海になっていた地面は、跡形もなき綺麗になっていつも通りだった。
恐る恐るではあるが、現場に近づく。
あれだけ血が飛び散っていたのに、どこにも痕跡が見当たらない。やはり夢だったようだ。とんだ悪夢を見てしまったものだ。山内さんが殺される夢なんて、見たくもなかった。
あたりを散策していると、植木のそばに1冊のノートが、見つけて欲しそうに土に刺さっていた。
あのノートには見覚えがある。昨日山内さんが見せびらかしていたノートだ。信じたくないが、どうやら山内さんが殺されたことは現実のようだ。
いや、まだ早合点だ。まだ山内さんが死んだとは限らないじゃないか。ノートをここに置いているだけで、学校には来ているかもしれない。保健室に戻ったら、山内さんに連絡してみよう。多分返信はないけど。それと雄太に山内さんが学校に来ていないか聞いてもらおう。
……あのノート回収したいけど、また電気が来るんだろ。触りたくないな。でも、誰かに拾われる前に回収しないと、また新たなノート所有者が現れてしまう。それは何が何でも阻止しないといけない。いやでも……電気痛い。怖い。
雄太に代わりに拾わせるか。ダメだダメだ。雄太がノートの所有者になってしまったら、何しでかすかわからないから。やっぱりこれ以上ノートの所有者を増やすべきではない。
深呼吸をして息を整え、俺は山内さんのノートに触れた。……それも一瞬だけ。
だって怖いのだから仕方ないだろ。でも、電気来なかったな。一瞬だったからだろうか。
次は思い切って手の平で触れる。
またしても電気は来なかった。
これは単なるノートなのか。いや、山内さんがこのノートに俺を殺そうと名前を書いているところを見たから、間違いなく山内さんのノートだ。
懐にノートを忍ばせて、保健室に戻ると、慌てた顔をした保健室の先生に両肩を掴まれた。
「大丈夫だった? 保健室なんだから、わざわざトイレに行かなくてもいいのに」
全くもって何を言っているのかわからない俺。勝手に話を進める保健室の先生。
漏らせってことだったのだろうか。
そして、何故か俺は早退することになった。
でも、ありがたい。これで、山内さんのノートをじっくりと見れる時間ができた。
急いで家に帰った俺は、部屋に篭るなり、山内さんのノートと対峙していた。
本当に開けてもいいのだろうか。人のノートを勝手に開けるってなかなか度胸がいるものだな。
生唾を飲み込んで深呼吸をして、とりあえず1回立って屈伸をして、また深呼吸をして……。
何をしても落ち着きなんて取り戻せないぞ。でも開くしかない。山内さんが今までノートを使ってどんなことをしてきたのか。それを確認するのは大事だ。
3度目の深呼吸をして、ようやくノートに手を置いた。
よし。3秒後に開けるぞ。うん。やっぱり5秒後にしよう。いやいや、やっぱり10秒後がいいな……やっぱり無理。こんな恐ろしいもの開けられない。てか、本当になんで電気来ないの。いや、別にきてほしいことはないけど、それはそれで気持ちが悪い。ああ、それとも、山内さんが死んでしまって、今は所有者じゃがいないから、何も起きないのか。うん。それしかない。
ここでようやく表紙を捲る。
1ページ目。ノートには。
『中間1位‼︎』『新人陸上100m1位!』
山内さんの目標が書かれていた。
それ以降のページはどこも白紙だった。
山内さんはこのノートをほとんど使っていなかった。山内さんが三好を殺した犯人だとは考えづらい。仮に、中間1位と書いて、それが原因で三好が死んだのならば、ノートがとんだ欠陥品だと言うこと。それに、調べた限りだと新人陸上で山内さんは3位。ノートに書かれていることが、実行されていない。つまり山内さんは犯人ではない?
……いや待てよ。三好が検証したことによれば、2つ書いても先に書いた方しか実行できないんじゃなかった。つまり、中間1位だけをノートが叶えて、新人陸上は後に書かれていたから実行されなかったってことか。
全くわからん。三好がいれば、こんなことすぐに解決できたのだろうな。
三好に頼らなくても、もう1人全ての真実を知っている人物がいる。その人物と会うには気分次第だそうだが、ノートに書けばどうなるんだ。三好も試した形跡はないし、真実を知る上ではその人物から話を聞かないわけにはいかない。
“ノート製作委員会会長四熊”
俺は三好の海辺ノートに初めて文字を走らせた。
『10月14日水曜日、20時半。神山勇人は、ノート製作者四熊とShaunで会う。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます