第17話

 「山内さん落ち着いて。とりあえず話をしない。俺を殺すのはその後でも十分だと思うよ」

 

 命乞いではないけど、山内さんに少しの良心が残っているのなら、死期を遅らせることができると思う。

 

「早くしないと時間がなくなるよ」

 

 全然だめだ。全く話を聞かないモードになっている。これ以上は無駄な足掻きというやつか。

 

「時間切れ。せっかく死因を選ばせてあげるって言ったのに、選ばないのなら私が勝手に選ぶね」

 

 山内さんはノートの文字を書き始めた。

 今山内さんを襲えば、ノートの書く文字は止まる。ただし、三好の話によると、ノートを破棄することはできないから、その後の手段がない。どうしたって僕は山内さんに殺される。それに、ノートに触れることができないから、処分しようにもできない。こんなことになるなら三好のノートを持ってきておくべきだった。そうかそれだ。今俺はノートを持っていないのだから、山内さんはノートを手に入れることができない。

 

「待って山内さん。これは命乞いじゃなくて提案なんだけど、俺今ノート持ってないんだよね。家に置いてある。山内さんは俺の家を知らないから、行くことは不可能。三好のノートは山内さんにあげるから。それまでは生かさないと、ノートが手に入らないよ」

 

 山内さんは書いている手を止めた。

 よし! こんなことをして意味があるのかわからないけど、死期だけはずらすことができた。

 

「あんたが死んでから、ノートに私の所有物ってことにしてもらうからいい」

 

 山内さんは止めていた手を再び動かし始めた。

 そんな嘘だろ。打開策を見つける可能性は低かったけど、数時間の時間稼ぎにもならないのか。もうここまでか。

 急に力を失って俺は膝から崩れ落ちる。

 

「じゃあね」

 

 そう言った山内さんを見上げると、背後に白いジャージのような服を着て黒いズボンを履いている、人のようなものが立っていた。

 二足歩行をしているから人であるとは思うけど、気味が悪いお面をつけているから、人とは呼びたくなかった。

 そのものは、腰につけていた鞘から刀を抜き取って、山内さんの首に当てた。

 

「やりすぎ」

 

 声は男だった。

 俺はこの男に心当たりがあった。それは三好が言っていた、ノートの製作者。四熊。

 三好が言うには、白い服に黒いズボン。能面をつけて刀を差していた。声からして男で、若くて同い年くらい。今目の前にいる男も三好が言っていた人物像と一致する。間違いない。この男が、この海辺ノートを作った張本人。

 

「何よあんた! 誰?」

 

 山内さんは刀から逃れようと必死に抵抗していたけど、力では及ばず、さらに深く刀を突きつけられていた。

 

「静かにしろ。うるさいのは嫌いなんだ」

 

 流石の山内さんも怖いのだろうな、涙を流しながら無言で頷くことしかできていなかった。

 

「私が何をしたって言うの?」

 

「お前は目の前の男を殺そうとしていた」

 

 そういえば10分経ったけど、俺何で死なないんだ。山内さんが俺をどうして殺そうとしたのかも、若干気になるし。

 

「まだ死んでいないじゃん!」

 

「殺人は未遂でも犯罪だ」

 

「あんたはいいのか!」

 

「警察は僕を捕まえられないからね。それよりも、最後の言葉でも聞こうか? 必要ないのなら、今すぐにでも首を切り落とす」

 

 山内さんはグズグズと大粒の涙を流しながら呟いた。

 

「……死にたくないよ」

 

 男はその言葉が山内さんの最後の言葉だと思ったみたいで。

 

「そうか」

 

 とだけ言って、切りやすい位置に刀を動かした。

 

「待って!」

 

 山内さんが大声を出して男も手を止める。

 

「最後の言葉を付け足すのか」

 

 山内さんは男の言葉に反応せず。俺に助けを求めるような視線を向けて言った。

 

「神山君。私じゃないんだよ……三好さんを殺したのは私じゃないんだよ。信じて」

 

 助けられるのなら助けてあげたい。でも、体が動かない。

 

「あの世で後悔しろ」

 

 男は山内さんの髪を引っ張り、顔を空に向ける。露出した山内さんの首を、刀を引きながら切り落とした。

 ドチャ。ドスッ。

 体育館の壁に鈍い音が反射する。山内さんは首を切られる直前に目を瞑っていたみたいで、目を閉じている山内さんの生首が視界に入り、何も考えずに走り出した。

 幸いにも、体育館裏から学校前の道までは近く、数秒で車がよく通る道に出た。

 あの男が俺を追いかけてくるかもしれない。そんな恐怖に駆られていて、俺は、とりあえずさらに大きな道に出る方向に走った。理由はない。

 3分くらい走ったところで、朝夕は必ず渋滞が起こる幹線道路に出て、信号に引っかかった。

 強制的に足を止められて、何気に後ろを振り返る。背後には誰もいない。安心してため息を吐いた。俺はあることに気がついた。自転車。学校に置いてきたままだ。

 学校の方向を眺めて首を横に振り、先に見える歩行者信号に振り返る。

 山内さんが殺された現場に戻るなんて選択肢は俺にはない。

 思い出しただけでも吐き気に襲われて、俺は近くの植え込みに吐いた。

 胃が途轍もなく気持ち悪い。口の中で胃酸の味がする。

 持っていた水筒で口の中の胃酸を流し込み、諦めて家に帰ったのだった。

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