第16話

 俺が体育館裏に行くと、そこには山内さんが1人でいた。

 決して見晴らしがいいとはいえないけど、辺りに人はいなさそうだった。

 とりあえず信用はしていいかも。

 

「山内さん……」

 

 スマホを触っている山内さんに声をかける。山内さんは俺の声に気がついて、スマホをカバンの中にしまう。

 

「待ってたよ」

 

 山内さんは輝かしい笑顔を浮かべるが、日陰のせいで、怖い笑顔になってしまっていた。

 

「それで何の用?」

 

 山内さんは鞄の中を漁って、1枚のノートを取り出した。見かけは至って普通のノート。だが……。

 

「これについて話がしたい」

 

 三好の書いていたことだから、実は山内さんはノートを持っていなかったりして、みたいな希望も少なからずあったけど、その線はなかったか。

 

「あんたも知っているでしょ。三好が持っていたノートと同じもの。未来を書き換えることができるノート。私も持っているんだよね」

 

 知っている。三好が書いていたから。

 山内さんは、何も言わない俺に、ノートに触れと言わんばかりに差し出していた。

 俺は何も思わずそのノートに触れる。

 

「痛っ!」

 

 触った瞬間に手を離してしまう強い電流。これは間違いない。俺はノートの所有者になってしまっているってことだ。

 

「やっぱりそうなんだ」

 

 山内さんは見たこともないニヤケ面を披露していた。俺はそんな山内さんに初めて恐怖を感じていた。

 

「私今まで1位を取ったことがないんだ。勉強も運動も。だから三好がいなくなって清々したよ。おかげで初めて1位を取れたから」

 

 信じたくないけど、山内さんは黒だった。1番見たくなかった未来だ。

 

「そんな理由で三好を殺したのか?」

 

「そんな? 晩年ビリのあんたにはわからないだろうけど、1位を取るのって大変なんだよ」

 

 やっぱり俺がビリってこと学年全員が知っているのか。山内さんには知られたくなかったな。

 

「ビリだって取るのは難しいぞ」

 

「それは怠惰でしょ」

 

 くそ。ぐうの音も出ないな。そう言われたらそうなんだけど、勉強頭に入ってこないんだもん。

 

「って、違う! そんなことを言いにきたんじゃない!」

 

 くそ。騙されなかったか。さすが学年2位だ。俺、ここから逃げられないな。

 

「わかったから。一旦落ち着いてよ山内さん」

 

「何を言っているの。私は至っていつも通りで落ち着いているよ」

 

 何か打開策はないか。山内さんとはことを構えずに乗り切る方法。誰かがここを通ってくれれば、山内さんはおとなしくなる。でも知らない生徒が通るだけでは何も解決しない。僕の理想は、コーチが来てくれることだ。そろそろ、あいつサボっているなって、学校内を探す頃だと思うから。コーチまでは巻き込みたくはないけど、背に腹は変えられない。だから今は時間稼ぎをする。

 

「…………」

 

 やばい話題がなくなってしまった。な、何か、とんでもなくつまらない話でもいいから何かないかな。場を繋げれば何でもいいから。

 

「そういえば、山内さん部活は大丈夫なの?」

 

「休むって言ってあるから問題ないわ」

 

 そうか。休むって言っちゃったのか。俺、何も言ってないんだけど。完全に無断欠席のような状態になっているけど。

 だめだ。会話が全く続かない。山内さんの興味を引けるような話題。何があるんだろう。

 

「山内さん……」

 

 俺の声に被せて山内さんは言う。

 

「時間稼ぎをするつもりなら残念。もうすでに手は打ってあるから」

 

 山内さんは合わせて、ノートを俺に見せびらかしていた。そのノートには、『10月12日。神山勇人は部活を欠席する』と書かれていた。

 なるほど。俺部活行かないんだ。でも、どっちなんだ。無断なのか連絡済みなのか。それによって、明日の俺の状況は天国か地獄かになる。

 

「そっか。じゃあ、まだまだ話ができるってことだね」

 

「私はもうするつもりはないけど。あんたが所有者でちょうどよかったよ。今、いろんな実験をしているから、モルモットにさせて」

 

 やばいぞ。話が全く通じない。山内さんここまで恐ろしい人だったのか。

 

「素直には頷けないよ」

 

「可否なんて問うつもりはないよ。ねえ、神山君。実験のために私に殺されて」

 

 可愛い顔してそんなこと言ったって、納得できるわけないじゃないか。

 

「10分後に死んでもらうから、それまでに死因を言ってくれれば、好きな死に方を選ばせてあげる。何がいい?」

 

 俺にできることはここまでか。どこで道を間違ってしまったかな。山内さんにノートのことで話がしたいってメッセージを送った時かな。あんな文章送るんじゃなかった。

 

「10分しかないんだから、早く選んでね。悩んでいるんならそうだな。目の前に川があるから、溺死が一番手っ取り早いかな。私としてそれが嬉しいけど」

 

 そんなもん急に選べと言われても思いつくものでもない。

 

「山内さん。山内さんが何をしたいのか知らないけど、実験なら、三好がノートにまとめてあるのがあるよ。だから、もう1度話し合わない?」

 

 山内さんは顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「それって、未来を書き換えることができるノート?」

 

「違うよ。だから、触れても何も害はない」

 

 この言葉が間違いだった。

 山内さんは、顎から手を離し、息を荒くして、側から見ても興奮しているのがわかった。

 そんな山内さんの姿を見て俺は悟った。もう逃げられないと。

 

「さすが三好だ。そんなノートを持っていたなんて。あんたじゃ役立てることはできないから、代わりに私が有効活用してあげるよ。だから、死んでね」

 

 山内さんは完全に狂ってしまっていた。もう誰も山内さんを止めることはできない。暴走列車はどこまで行っても暴走を止めることはない。

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