第12話

 昨日あんなことがあったのに、気持ちを切り替えることなんでできるわけがない。って思っていたけど、私服の山内さん破壊力半端ねえ。しかも傷心中の俺を慰めるためにデートに誘ってくれるなんて。知っていたけど、神かもしれない。いや、女神だ。

 そんな俺たちは、学校近くにある大型ショッピングモールの2階にある全国チェーンのカフェにいた。

 

「急に誘ってごめんね。私もさ、さすがに情報が整理できなくて」

 

「いや、全然。急な誘いでも山内さんならいつでもOKというか……部活が終わったら暇だし……」

 

 山内さんとは最近よく話していただろ。何で今日に限ってこんなに緊張してしまうんだ。山内さんの私服を見てしまったからだ。私服も可愛い山内さんが目の前にいるからだ。

 似合わずブラックコーヒーなんて頼んでしまったけど、飲めるかな。いや、一杯飲んで気を落ち着かせないと、俺の心臓がもたない。

 買ったばかりは熱くて飲めなかったブラックコーヒー。今はすっかり冷めてしまって、コップを持っても少し熱さが伝わるだけだった。

 コーヒーカップを持ち上げたのはいいけど、緊張で手が震えて黒い水面が揺れている。

 苦い。

 これ最後まで飲めるかな。

 1つでもいいから砂糖を入れておくべきだった。

 コーヒーも飲んで落ち着きを取り戻しつつあった俺は、山内さんには聞こえないくらい小さく深呼吸をして、さらに心を落ち着かせていた。

 

「……それで山内さん。呼び出したってことは何か話があるの?」

 

 どうにも沈黙が耐えられなくて、山内さんに話を切り出していた。

 仕方ないだろ。沈黙している方が余計に緊張するんだから。主に周りからの視線とか。不釣り合いなのはわかっているからさ、そんなに見ないで。

 

「今更こんなことを訊くのは違うかもしれないけど、神山君、三好さんに何の用があって連絡先を訊こうとしてたの?」

 

 海辺かいへんノートを返すため……だとは言えないよな。この騒動に山内さんを巻き込みたくないし。何かあっても困るから。

 

「実は、三好から預かっているものがあるんだ。それを返そうと思って、連絡先を知りたかったんだけど、もう必要無くなったから。今までありがとう、山内さん。あまり話したことのない僕にも親身になってくれて。三好は死んでしまったから、お互い話すこともなくなるかもね。短い間だったけど、話をするのは楽しかったよ」

 

「そんなこと言わないでよ。私は神山君のこと友達だと思っているよ。廊下ですれ違ったら普通に話をしようよ。何でそんな友達を辞めるみたいなことを言うの。私はこれからも神山君の友達だよ」

 

「……ごめん」

 

 こんなこと言うつもりはなかった。山内さんを拒絶するつもりなんてなかった。でも、山内さんを巻き込まないためには拒絶するのが1番手っ取り早いかも。山内さんを巻き込まないためだったら嫌われてもいいのかもしれない。

 

「神山君」「山内さん」

 

 同じタイミングで話し出して、お互いに譲り合って、そんな様子が少しおかしくて、さっきの暗い空気なんて忘れたくらい笑い合って、また譲り合いが始まって、埒が空かないと感じた山内さんが笑い声を抑えながら深呼吸をして話を始める。

 

「三好さんから預かり物があるのだったら、私も返しに行くの付いて行っていい? あ、もしかして神山君にあげるみたいなこと言ってた?」

 

 俺は首を横に振って否定した。

 

「でも、これ以上は本当に悪いよ。あとは僕だけで何とかするよ」

 

 頼んでいたカフェモカを飲み干して、山内さんは言う。

 

「私だって三好さんとは同じクラスだったのだから、お悔やみの一言くらい伝えたいものよ」

 

 山内さんは単に同級生を弔いたいだけなんだ。そこに邪な気持ちなんてない。俺も少し、神経質になりすぎた。

 

「わかった。今からでもいい?」

 

「時間はあるしいいよ。でも、お店開いているのかな」

 

 つくづく俺はデリカシーのない男だと思う。でも治せないんだな。

 

 それでもお互いの時間は限られているから、次はいつ一緒に行けるか未定だから、一応行ってみようと言うことで『Shaun』に行くと、お店は平常運転だった。

 

「この度はご愁傷様でした。心からお悔やみ申し上げます」

 

 店主を前に深々と頭を下げる山内さんに倣って、俺も頭を下げる。

 

「そういうのはいいって。驚いたけど、受け入れるしかないからね」

 

 口では何とでも言えるけど、心ではまだまだ受け入れることは難しいのだろ。

 店主は体を震わせながら、時々鼻をすすり涙を堪えていた。

 実際問題、俺も三好が死んだってことは、まだ受け入れられてない。本当はどこかにまだいて、突然学校に来るのではないかって思っている。誰に何と言われてもそんな気がするんだ。

 

「お葬式はいつ執り行うのですか?」

 

「七海がまだ帰って来ていないから、まだ決まってないんだ」

 

「そうなのですね。参列はできなくても、お線香くらいは上げさせてください」

 

「尽力はするけど、難しいと思うよ」

 

 店主は話し終えたと思い、立ち上がり仕事に戻ろうとしていた。仕事の阻止をするのは間違っていると思うけど、俺らはそれだけを伝えに来たわけじゃない。

 

「あ、あの! 店主! 実は生前に七海さんからの預かり物があるんです」

 

 俺は三好から預かっていたノートを机の上に出した。

 

「このノートを?」

 

「はい。預かってほしいと」

 

「七海が君に預けたのだったら、君が持っていたほうがいいと思う。今の家族に渡しても捨てられるだけだから。七海が生きていた証を忘れないでほしい」

 

 店主が堪えていた涙が、目から頬を伝って、顎にまで流れた。

 

「わざわざ来てくれたのに、ごめんね。紅茶とケーキでも出すからゆっくりしていって」

 

 お構いなく。山内さんが言うが、店主は笑顔を浮かべて、厨房の中に消えていくのだった。

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