第8話

 『Shaun』に着いた俺は、前と同様に車の物陰から店内を見つめて三好がいないか探った。

 三好を見つけるのはいとも簡単だった。

 どうやら三好には決まった席があるみたいだ。前と同じ場所に座っていたのだった。

 俺は店内に入って店員さんと、前と同じやり取りを交わして三好の前の席に座った。

 

「来ると思って紅茶を淹れておいたよ」

 

 机を見渡すと、確かにテーカップが2杯あった。俺の近くに置いてある紅茶はまだ誰も口にはしていない様子だった。ただ、湯気は全く出ていなかった。

 

「まさか、またノートに書いたの?」

 

「さすがの私でもそこまではしないよ。それで、ここに来たってことは何か話でもあるってことだよね」

 

 俺は無言で頷いて、紅茶を一杯口にした。改まったことを言うわけではないけど、深呼吸をして息を整えた。

 

「今日の授業でおかしなことが起きたのもノートの影響?」

 

 三好は頷く。

 

「だろうね。誰かがノートを使って、歴史を書き換えたんだね」

 

「でも、それはおかしいだろ。海辺かいへんノートは未来を変えるノートだろ。何で過去が変わるんだ?」

 

 三好は俺に笑いかける。

 

「このノートは歴史を変えることはできるけど、過去を変えることはできないんだ」

 

 自慢げに言っているとこ悪いけど、言っている意味が全くわからない。歴史と過去は同じでは?

 

「それって何が違うの?」

 

「私も詳しいことはまだわかってないけど、教科書に出てくるような過去の歴史は変えることができる。でも、過去は変わらない」

 

 余計にわからない。ややこしすぎる。

 

「具体例でお願いします」

 

 三好は当然のようにため息を吐いて、面倒くさそうに話し出す。

 

「私が今まで見たことと試したことの話だけど、第二次世界大戦で日本が勝利した歴史もあった。その後の日本は神山君が想像している通り酷いものだった。輸入に頼っている胡麻や砂糖や塩は高級品の扱いで、物価も今よりずっと高かった。昭和がずっと続いている世界になっていたの。だから私も、どこまでの歴史なら変えられるのか試した。結論から言うと2000年前後で分かれていた気がする。それとさっき言った教科書も」

 

「教科書って?」

 

「歴史の教科書に載ってあることの最新が2000年付近でしょ。歴史を変えられる基準が2000年くらいだから、歴史の教科書を参考にしているんじゃないかと思っている。私の推論だから当たっているかはわからないけど」

 

 つまり三好の言うことが正しければ、歴史の教科書に載っていることは変えられるけど、それ以外は変えられないってことか。

 

「考えているところ悪いけど、過去について話すよ」

 

「あ、うん……」

 

 圧が強い。

 

「過去と言っても、何回も試したわけじゃないから、こっちも正確にはわからないけど、神山君が考えている通りで、教科書以外の過去は変えられない。私のおじいちゃんが病気で2年前に亡くなったのだけど、おじいちゃんは生き返ることはなかった。病名を知っていたから、その病気にならないように過去を変えたけど、ダメだった」

 

「まだ生きているってことにもできなかったの?」

 

「うん。まずそれを試したんだけど、何も起きなかった」

 

 そうか。死んだ人間は生き返ることができないのか。

 三好の顔を見ていると、急に悲しくなるな。どんなおじいちゃんか知らないけど、生き返らせたかったんだな。

 涙が流れそうになって、慌ててあくびをして手で目を拭った。

 危ない。危ない。女子の前で泣くとか、恥ずかしすぎて死ねるぞ。

 俺は落ち着くために紅茶を一杯口にした。途端に頭が冴えたのか、あることに気がついた。

 

「そういえば、どうして雄太は生き返ったの?」

 

 雄太って誰? みたいな顔を三好は浮かべる。俺はことを細かく説明している時間が勿体無いから、クラスの友人とだけ伝える。あの、5組で起こったことは三好は知っているから。

 

「それは明確に基準があって、ノートを使って殺されたりした人間は、ノートを破ることで生き返るんだ」

 

「え? つまり……どう言うこと?」

 

「だから、ノートに書いたことは、ノートのページを破ることでなかったことになるんだ」

 

「つまり、5組で起きたあの事件も、起こした人間がページを破ったってこと?」

 

 三好は頷く。

 

「多分。それか、会長に破られたのか」

 

 また新しい言葉が出てきた。会長? 一体誰のこと。

 

「会長って?」

 

 三好は何でそんなこともわからないの。と言いたそうな顔を浮かべて、海辺ノートを机の上に広げた。

 

「最後のページを見て、『ノート製作委員会 会長 四熊』って書いてあるでしょ」

 

 本当だ書いてある。会長……

 

「三好さんはノートを作ったこの人に会ったことがあるの?」

 

 三好は当たり前でしょと小さく呟きながら、首を縦に振る。

 まじか。

 

「まだ1回しか会ったことはないけど、顔には能面の女面を付けていて、服は上が白で下が黒のジャージを着ていて、腰には刀を差していた」

 

「へえーそうなんだ……」

  

 俺の頭には変人の文字が浮かんでいた。

 だって、どう考えてもおかしいよな。ジャージに能面に刀。それを変人以外で例えるなんて不可能だ。いわゆる、厨二病ってやつか。

 

「会長の四熊って人はどうしてこんなノートなんか作ったのだろう」

 

 ノートを触りながら呟いた俺の疑問に、三好は真剣な顔を受けべて答える。

 

「考えても無駄だよ。私が神山君の考えていることをわからないのと、私の考えていることを神山君がわからないから、無理だよ。人の考えていることなんて人には理解できないのだから。そんなことを言われた」

 

「明確な理由がないってことはない?」

 

「むしろその逆じゃないかなって私は思っている。何か背後に大きな計画があって、そのうちの1つだと思っている」

 

 スケールの大きな話はわからない。それに、今日1日だけで、どれだけの情報を得たか。初めから頭の容量がないのに、もう一杯一杯だ。時間も遅いしもう帰りたい。

 

「この話の続きはまた今度でもいい?」

 

「構わないけど、何で?」

 

「色々ありすぎて、頭がついていかない」

 

 何も言わない三好を横目に俺は椅子から立ち上がり、鞄を肩にかけた。

「じゃあ」と口にして三好に背を向けると、三好が俺のことを口で呼び止めた。

 

「最後に1ついい?」

 

「何?」

 

「私の海辺ノート預かってくれない?」

 

「何で?」

 

「理由はまた後日話させて、それとこれを渡しておく。月曜日、地学室に行って、この2冊のノートを4番金庫に入れておいて」

 

 納得でききれない提案だけど、三好が真剣に言うのだったら、何かあるんだな。

 

「わかった。月曜日地学室の金庫に入れればいいんだ」

 

「うん。お願い」

 

 俺は三好に別れを告げて『Shaun』を後にした。

 その道中こっそり三好のノートを覗いた。文字が普通に見えることがおかしいと言われても、見えるのだからおかしいかがわからん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る