9 普通に教えてもらえたわ
久坂部さんが食事の匂いに反応して目を開き、口元に食物を持っていくと食べることについては、すぐ報告した。
姫野さんは「ウケる」と言って、市平さんは「赤ちゃん?」と言った。僕は雛鳥だと思ったので市平さんに同意した。
「まあでも、ご飯食べてくれるなら餓死とかはしなさそうだねえ」
「せやなあ」
「このまま、食べさせておきます」
二人は任せると言ってくれた。後はそれぞれ進展があれば都度報告という形で話を終えた。
僕は久坂部さんの部屋で寝泊まりすることにして、せっせと食事を食べさせた。匂いに反応するようで、調理後に様子を見るとすでに目を開いていた。欲しいですかと聞いてみると頷いた。言葉も理解していると二人に報告すると「ウケる」と「赤ちゃん?」とまた返ってきた。
赤ちゃんな久坂部さんとの日常は楽しかった。僕は彼が好きなので、世話をすること自体に抵抗などはなかった。この状態から治らないと言われても、ずっと介護をしてもいいとすら思っていた。
三日後に姫野さんからメッセージが来た。
「部位食べしてた夫婦と連絡取れたよ! 結論から言っちゃうけど、奥さんはもう部位が取れなくなってるから部位食べはしてない。ただ、旦那さんに部位取れがうつったことはあるんだって。その時は旦那さんの取れた部位を食べてたら、こっちはこっちでそのうち取れなくなったんだってさ」
と、非常にわかりやすい情報として教えてくれた。
「それなら僕も、久坂部さんの腕などをもいで、食べ続けた方がいいですかね」
「うーーーん、それについてはなんとも言えないなあ……」
「ちなみに久坂部さんの状態は良好です。たくさんご飯を食べますし、食事時以外も目を覚ますようになっています」
「ウケる、ちょっとずつ成長してる感じある」
「脳はかなり戻っているみたいです」
ここで市平さんがメッセージチャットに入ってきた。
「部位取れで死んでもうた人の情報て誰か調べた?」
僕はあっと思った。姫野さんもそうみたいだった。
「クサくんの脳ポロでてんやわんやしてたね……」
「僕もです。親や親戚に聞いてみたことはあるんですが、みんな知らないようだったので、今回久坂部さん達に相談させてもらっていました」
市平さんがドヤッと書かれたスタンプを貼った。
「調べました、見つけとります」
「えっまじで」
「本当ですか」
「ほんまほんま」
「どこで見つけたの?」
「ムームーが取材しとった集落の地方新聞」
「なるほど」
「なるほどです」
データファイルが添付されたので開いた。聞いたことのない妙な新聞名がまず目に飛び込んできた。草蜥蜴新聞。地方新聞故の奇妙さだろうか。
添付の記事は訃報欄だった。死亡理由もきっちりと載っており、老衰と病死の老人二名の後に、部位取れ症・事故と書かれた二十代の女性の訃報があった。
女性の名前を別窓で検索した。しかし関連のありそうなデータはヒットしなかった。
「これ十二年前の新聞だね。そこまで昔でもない」
姫野さんのメッセージに市平さんが同意する。
「せやからデータあるやろと思て新聞社に連絡したら普通に教えてもらえたわ。この死んだ女の人は奴原さんみたいに自分で腕とか取れたんやけど、せやから車との接触事故起こした時に、反動でマネキンみたいに部位がぼろぼろ落ちてもうたんやって」
「エグい」
「なんや普段から自分で部位もいで遊んだりもしてた変わった人らしゅうて、肉体の方が取りすぎて脆くなってたみたいやねんな。ほんで、ぼろぼろ落ちてもうたときにその、首もスポーン、て」
「そりゃ死んじゃうよ!」
「死にますね……」
想像すると俄かに恐ろしくなった。僕も何度か自分で取ったが、もう二度とやらないでおこうと思うくらいに惨憺たる有様だ。
「奴原さん奴原さん、自分で部位もげる人って、あんまりいないんだっけ?」
「はい。……でもムームーなどで見た事例を鑑みるに一定数は存在していて、恐らくなんですが、成人までに部位取れが治らなかった場合に、自力で取れるようにもなっているのかなと」
「大体は十代の間に勝手に治る、みたいなこと言ってたねーそういえば」
「僕の親や親戚はそうだったらしいです」
実際に血縁者の中で今も部位取れがあるのは僕だけだ。先程姫野さんが教えてくれた部位を食べ合っていた夫妻のように、そのうち治るだろうとは思っているが、それがいつになるかはわからない。
ただ、部位取れによる死亡例はわかったのでこの点については安心した。自業自得のような部位取れによる死に方だったので、僕はひとまずは平気だろう。
そうなると、残る懸念は一つになる。
「クサくんいつ戻るだろ」
「久坂部さんいつ戻るやろ」
二人のメッセージは同時に来た。
「僕にもわかりません」
と返してから
「状態は都度報告します」
と追送した。
二人とのやりとりを終えた後、一息ついて久坂部さんのそばに寄った。目は開いていた。でも僕の方を向きはせず、じっと天井を見上げていた。
姫野さんが調べてくれた、部位を食べていた夫妻について思い浮かべた。
旦那さんに部位取れがうつったことはあり、その時は旦那さんの部位を食べるようになっていた。そしてそのうち二人とも取れなくなった。今は恐らく、なんの変哲もない暮らしができている。
手をかざし、掌を見た。小指を逆の手で握り込み、グッと力を入れてみた。上に引っ張る。ねじりながら、ゆっくり強く、引っ張っていく。
「取れない……?」
僕は自分の手を下ろして久坂部さんに視線を向けた。
彼はいつの間にか僕を見つめていた。口がぱくぱくと動き、ご飯が欲しいのかと思ったが、違った。
やつはら。
確かにそう、声には出さずに僕のことを呼んでいた。
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