3 耳も……取りますか?
「皆さんお揃いで、すごく美味しそうにカレーを食べていますね。非常に微笑ましい光景に見えました」
奴原はいつものマイペース奴原節をかましながら俺の隣に腰掛けた。縛られた黒髪が最近更に伸びてきた。切りに行くタイミングを逃し続けているそうだ。まあ俺、長髪好きだから全然このまま伸び続けてもらって構わないけどな。
髪を眺めて喜んでいる俺を見兼ねて市平さんが奴原にメニュー表を渡してくれた。奴原はグリーンカレーのナンセットを注文し、俺たちは商品が辿り着くまでの間にこれまでのあらすじを説明した。簡潔に言えば「市平さんが選び抜いてくれた因習村読本を漁ろう」だ。姫野がカレーの残りを食べ切ってから更に詳しくした。
「奴原さんこの前故郷の限界集落から親はもう引っ越したって言ったでしょ? まあそれもあるし、わざわざ行ってもあんまり成果得られなさそうだし、それなら情報に溢れたこの都会で頑張ろうってことになったわけ!」
「なるほど、理解しました」
「うんうん、そんでさー、私が気になってるのってとりあえず二つあってさ」
「はい、なんでしょう」
「奴原さんがマジで自分で部位もげるのかってことと、部位取れで死んだ人の死亡原因を探すってのはイコールどこの部位が取れたのか探すってことでいいのか、ってこと!」
姫野の言葉は確かにそうかもしれんと目鱗だった。いやマジで確かにそうだ。部位取れで死んだ人の死亡原因が部位取れなのは確実だとしても、どんな部位が取れて死んじゃったのかってのはかなり重要だと思う。
奴原は黙り込んでいた。色々考えているみたいで瞬きをしながら目玉をキョロキョロと動かしていた。微妙にトカゲのようだった。とても可愛い。取れて生えるところもトカゲの尻尾切りじみていて可愛い。なんて恋人の好きなところベスト5のようなことを考えていると奴原のグリーンカレーがやってきた。奴原はスプーンを持った。それから姫野、市平さん、俺の順番で顔を見た。
「自分でもげる、ということを、まず証明します」
あっちょっと待てバカ、と俺が止める前に奴原は自分の左目にスプーンをブッ刺した。市平さんが「ホアッ!?」と叫び。姫野が「あぎゃ!」と叫び、俺が「あっちょおおお!!」と叫んだ。まんまるスプーンのくぼみの中にちょこんと収まった奴原の左目は艶があって綺麗だった。
「何してんの〜〜〜〜!」
姫野の悲鳴に対して奴原は親指をグッと立てる。
「大丈夫です、全く痛くないので」
「そういう問題じゃないよお〜……そんで目玉だったら、痛みさえ我慢できれば他の人も取れそうだよお〜……」
「耳も……取りますか?」
「やめてよお〜〜〜〜!!」
こんなに焦っている姫野は腐れ縁の俺でもなかなか見られない……。市平さんは初めてらしく「姫野ちゃんて焦ることあるんや……」と顔に書いている。
姫野はゴホン! と咳払いをした。
「えーと、じゃあじゃあ、次はどこの部位が取れたかを調べる方向性でいいのかどうか、ってのを聞きたいんだけど」
「あ、はい」
奴原は頷きつつ目玉を敷いた紙ナフキンの上へ載せた。別の紙ナフキンでスプーンを拭こうとするのでそれは新しいものを使えと言って、店員さんに持ってきてもらう。店員さんは運良く目玉に気付かなかった。ユクーリタベテネ!とゆっくり音声のように話して去っていった。
とりあえず奴原には食事をしてもらうことにした。
奴原はグリーンカレーとナンを美味しそうに何口か食べた後に、ちょっと悩むように首を傾けて姫野を見た。
「どこが部位取れしたか、でいいとは思うんですが……今見て頂いたように、部位取れ自体はそこまで命に別条がない症状ではあるんです」
「血、出てないもんねえ……」
「そうなんです。それにほら、御三方には以前、僕が口から心臓をゲロってしまった時に助けてもらいましたが、心臓をゲロっているのに案外とあっさり復活したところをご覧頂きましたよね」
「それもそうなんだよねえ……」
「はい、なので、どこが取れて死んだのかを調べつつ……失血死や餓死のような、死亡理由そのものも調べるといいかなと。例えば失血死であれば、部位が取れた際に血が溢れて止まらなくなったということだと思いますし」
「うーん、そういう方向性がいいか」
姫野と奴原の会話を聞きながら俺は、チラチラと紙ナフキン上にある目玉に意識を向けていた。
俺の視線に気付いた市平さんが「え、食うん?」と顔に書いて聞いてきた。俺は伝わるかどうかわからないと思いつつ顔に「さっさと食ってやらないと目玉が生えねえから」と書いて視線を合わせた。市平さんは「ほんまですか食えますか」と返事した。俺は「いけなくはない」と以前の目玉踊り食いを思い出しながら答えた。市平さん「やるんやね」。俺「やる」。市平さん「ほな止めへん、久坂部さんの愛にグッドラック」。俺「平和の地でまた会おう」。市平さん「死亡フラグやめえて」。
俺はもう返事はせずに、まだ色々と情報を交わし合っている奴原と姫野を一瞥してから、特に声はかけずに紙ナフキン上の目玉をフォークで突き刺した。ポイっと一口で食べた。噛むとねっとりとした生臭い液体が溢れてきて、俺は若干吐き出しかけたがコップの水で一気に無理矢理飲み込んだ。
「あ、目玉……」
奴原が閉じていた左目を開けた。そこにはもう新たな目が生えていて、俺はほっとして、俺と奴原は見つめ合った。十秒は無言で見つめ合って恋人同士のいい空気が流れていた。
奴原に「生えて良かった」と伝えようとした。しかし開いた俺の口は、言葉じゃなくて別のものをどろっと吐き出した。
脳だった。ギリギリで見るには見た。
そして俺の意識は保てるわけもなく一旦ここで途絶えてしまった。
まさか「平和の地でまた会おう」がマジの死亡フラグになるなんて、思うわけがねえだろが!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます