2 命に別状はあらへんとか
高校の頃に影でゴッドハンドって呼ばれてるの先生いたよなゴッドハンド眩って漫画があったからそこから取られたあだ名だったよなって話をしている最中に仕事終わりの市平さんが来た。姫野が近場のミスドにいるって連絡をしておいてくれたから業務終了後真っ直ぐに来てくれたみたいだった。市平さんは「腹減った」と顔に書きながら俺たちのいるテーブルまで歩いてきた。俺も姫野も立ち上がり、何か食いに行くか、何が食いたいか、市平さんに全て従うと言いながらトレーとグラスを片付けた。
市平さんは「なんかカレー食いたいな」と顔に書きながら、
「そら食いに行きたいけども、因習村ブック読んだり調べたりすんのが先とちゃうん?」
と聞いてきた。
「まあ、そうなんだが」
「せやったらミスド残留でもええと」
「よくないよ市平ちゃーん、顔にカレー食いたいって書いたままだよ」
姫野の当然のツッコミに市平さんはグッと詰まった。やっぱりお腹ぺこぺこのようだった。俺と姫野もオールドファッションとポンデリングだけで粘っていたので夕飯自体はもちろん食いたい。そう伝えると市平さんは「カレー」と顔に書きながら「カレー屋あったっけ」と呟いた。
あった。ミスドを出てちょっと歩いて裏路地めいたところに入ったら一気にカレーの匂いがした。店もすぐに見つけた。ナンをめちゃくちゃ主張している立て看板が出入り口の前にドカンと置かれていた。
扉を開けかけた姫野を呼び止め、
「奴原さんもここに呼ぶ感じでいいか?」
聞いてみると勢い良く立てた親指を見せられた。親指返しをしてから奴原に地図のリンクと店のHPリンクをメッセージツールで送信した。
中に入って四人掛けのテーブルに通された後、姫野と市平さんに今日の奴原ジョブタイムについて話した。終業時間が十九時半。そこからここまで向かうのでプラス三十分で二十時過ぎに辿り着く。もし遅れる場合はすぐに連絡が来るはずだ。
「というわけだから、まあ、俺たちはとりあえず食っておこう」
「はいはーい」
「ガッテン!」
カレー!カレー!カレー!と応援団のコールのように顔に書きまくっている市平さんはのめり込むようにメニューを見始めた。メニュー表は一つしかなかったから大人しく譲った。姫野は市平さんの隣に座ってるので横から覗き込んでいる。距離が近い。この二人は仲がいいなと特に意味もなく思う。
市平さんは日替わりカレーのナンセット、姫野はこだわりカレーのナンセットにした。俺はトマトカレーのライスセットにして注文し、一息ついたところで奴原が来るまでに少しくらい話を進めておくかとカード戦士二人に向き直る。
「部位取れ因習村の話なんだが」
「なんやもうその略し方でわかってまうんが悲しいわ」
「実際にその村に行った方がいいと思うか? 調査班は現地へ向かった的なあれで」
「行かなくていいと思うよん」
割り込んできた姫野はニヤッと笑う。
「ミスドで話してたみたいに、文献漁るのが第一だと思う。それにさー、実際に行っちゃったとしても、あんま意味ないと思うんだよねー」
「なんでだ?」
「奴原さんに聞いたんだけど、奴原さんのご家族はそもそももう因習村に住んでないんだってさ」
二つの意味でズコー!しかけた。一つは住んでないのかよ!で、もう一つは俺の知らないとこで話し合ってたのかよ!だった。
後者ズコーを敏感に嗅ぎ取った姫野はドヤ顔をしつつ、奴原とのやりとりについて教えてくれた。
「奴原さんのパパママは奴原のグランマとグランパが鬼籍に入ったあと、限界集落な因習村から引っ越したんだって。普通に不便だし、子供である奴原さんは都会に出てきて戻る気はないみたいだし。まーでも引っ越したって言っても因習村のある県内にはいるらしいよ。県庁所在地の広めの市の借家でのんびり暮らしてるんだってさ」
姫野はここで話を切って片手をひらりと市平さんに向けて振った。次どうぞ、の動きだ。市平さんは「ここで渡すな」と顔に書きつつ、鞄の中から本を一冊取り出した。付箋がいくつか貼ってある、文庫本サイズの本だった。
「えー、職場の本屋で売っとった、習俗やら民話やら、民俗学方面の話が詰まっとる本なんやけど、ここに部位取れ事案について書いたから買いました」
「市平さん、後で買い取る後で値段教えてくれ」
「あ、はい、なんやすんません」
市平さんは二回ぺこぺこと頭を下げてから、付箋の貼ってあった一番はじめの位置を開いた。
「えーと、ここに書いてあるんが部位取れに関する土着の病気のことやねんな」
「超ピンポイントじゃん」
「せやねん、せやねんけど、大体は今まで話したことばっか書いてあるねん。取れてもそのうち生えるとか、命に別状はあらへんとか、手とか指とかそんな支障ないとこしか取れへんとか」
それだと確かに今までの情報と変わりない。でも市平さんがわざわざ選んで買ったのだから、何か別のことが書いてあるはずだ。
市平さんが別の付箋の場所を開き、
「ほんでここに、」
と話し始めたところで
「オマタセデース!」
とても明るいインド系の店員さんがカレーを持ってきた。市平さんは本を閉じて「いただきます!!」と顔に書いたので俺は名残惜しさを感じつつも実食タイムに入ることにしたが、俺の名残をやはり敏感に嗅ぎ取っている姫野は頬を膨らませて笑いを堪える顔になっていた。
カレーは余裕で美味く、市平さんは「ほんまおおきに」と顔に書きながら食べていて、姫野はナンが思っていたより好みだと喜んで、奴原は十九時半過ぎに来た。
予定よりも早かったから狼狽えちゃったが、暇だったから少し早く上がれたらしかった。
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