8 自分本位な理由なんです
「前提の話なんですが、勝手に取れる時と自分で取る時があります」
奴原は小指コロコロしたまま説明を始める。
「この部位取れ症は集落全体というよりは、家系ごとに患っている遺伝病みたいなものでして。でも、こうやって自ら取ることのできる者はほぼほぼいないらしいです。僕の父親も母親も見た記憶はないと言っていました。なので、特技です」
「履歴書のプロフィール欄とかに絶対書くなよ……」
「面接で披露してみて落ちましたし、取ってもすぐ生えるわけではないのでそうそう取りません。久坂部さんと出会ってから自分で取った部位は目玉だけです。その他は、気が付くと取れていました。はじめて食して頂いた右手は勝手に取れたものになります。ちなみに出会う前はほとんど取ったことはありません。風邪をひいた時に鼻水を何度も強く拭きすぎて鼻が取れてしまったくらいです」
「いやそれかなり問題あるじゃねえか」
「鼻が再生するまでずっとマスクをし続けるはめになったので中々困りました。あれから鼻をかむ際にはとても慎重になっています」
そういうことじゃねえんだよなと思うが通じなさそうなのでとりあえず置いておく。
「奴原さん」
「はい」
「目玉を自分で取ったのは……その……なんでだ?」
意を決して本題に入ると奴原は小指をぎゅっと握り込みながら苦笑した。あれ、苦笑? と思っていると頭を下げられた。縛っていない長髪が遅れて肩の上を滑り落ちていった。
「すみませんでした、本当に」
「え、いや、謝るようなことじゃ」
「小さな理由です。小さくて、自分本位な理由なんです。一人で部屋にいた時に、どこかが取れれば久坂部さんに会えると思った。そう考えた次の瞬間には、手が勝手に動いていました」
奴原は頭を上げて、自分の目を瞼の上から軽くさすった。反射的に伸ばした手が奴原の手首を掴んだ。瞼に何もできないように離させて、ゆっくり膝の上へと下ろさせた。それから目を合わせた。奴原は首を傾けながら繋がったままの手を緩く握った。
「好きです、久坂部さん。目玉を抉り出して、あなたに電話をかけるくらいには、好きです」
あれだけ聞こえていた環境音が全部消えた。そして俺は何も言えなくなった、というより、何も言わなくて良くなった。俺も奴原さんが好きだ。人の部位を食べることに慣れていたとか抵抗がなかったとかが取っ掛かりにあったとしても、今現在この場所で奴原さんに対する気持ちは食欲じゃなくて恋愛欲だ。付き合えて嬉しい。このまま付き合っていたい。そういう、他に何も混ざっていないシンプルな好意だ。
手を握り合ったままずっと黙っていた。そのうちに奴原がふっと息で笑って、握っている手を見下ろした。その後に勢いよく腹を鳴らしたから俺も笑ってしまった。二人で部屋中に響く音量の笑い声を上げて、時間帯的には昼でも夜でもなかったが、まあ遅い昼食もしくはでかめのおやつってことにして何か食べようかと言い合った。
駅近くにあるパスタのチェーン店に向かった。十七時まで平日ランチをやってくれているのでそこにした。店内は割と空いていて、お好きな席にと言われたから俺と奴原は奥の二人席に所定を決めた。ああ、晴れやかだった。ランチのキノコとあさりの和風スパを即座に選び、春野菜のペペロンチーノを選んだ奴原に改まって向き直って浮き足立った。いやだって今度こそちゃんとした恋人になれただろって思っていたし、そんなんニッコニコになるに決まってるだろって思っていた。奴原も嬉しそうだったから勘違いではないはずだ。小指が欠けたままだったけど、うっかり食べ損ねただけだし帰宅後に調理して食えば何の問題もなかった。
お互いのパスタを食べつつ今後の相談をした。どっちも接客業でほぼ平日休みであり、休日は曜日指定でなくランダムだから毎月シフトを見せ合うことにしようと話した。その上で合致した休みにデート予定を組み込んで、もし何かの都合で出勤しなくてはいけなくなった時などはすぐに連絡しようと決めた。うーん、順調だった。俺はあさりをフォークに刺していきながら今後のお付き合いへの夢を膨らませていた。
そこにすかさず奴原が不穏を入れてくる。
「久坂部さん、この際なんですが、ひとつだけ言っておかなくてはならない話がありまして」
「ん、なんだ?」
「僕の故郷の小さい田舎の集落の、百年単位で昔の話なんですが、たった一回だけ部位取れ症による死亡事例がありました」
「えっ、それはヤバ」
「その方は僕と同じで、自分で部位を取ることができたそうです」
ヤバいどころでは一瞬でなくなった。えーとえーと整理する。まず部位取れ自体はそのうち生えるし死んだりはしない。それから自分で部位を取れる発症者(って言い方なんか嫌だがわかりやすいからこうしておく)はほぼいない。でもかなり昔にはいて、その人は部位取れで死んだ。そして奴原は自分で部位をもぎ取れる。
ということは奴原も部位が取れることによって死ぬ可能性がなくはない?
「奴原さん、待って、待ってくれ、それはつまりどういう」
「僕も部位が取れることにより死にたくはないので、よろしければその、部位取れで死んだ方の死亡原因を一緒に探してもらえませんか……?」
そんな神妙なシュンとした雰囲気で言われなくても断るはずのない事例だよなあ!
かくして俺は、いや俺と奴原はラブラブ一般カップルになるため、最後の関門に立ち向かう。
でも最後の関門、死亡理由のネタバレだけしておきたい。
脳が取れたらそりゃ死んじゃうと思うんですよ、俺も奴原も姫野も市平さんも全員ね。
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