7 逃げてばかりじゃあ駄目なんだ

 ただの勘なんだけど、付き合うことにしたのにまだ部位が取れちゃう理由って奴原じゃなくて俺にあるんだなと思った。いやある意味では奴原にもあるかもしれないんだけどなんていうか根元は俺なんじゃねえかなって思い付いた。

 奴原は自分の手とか目とか取れる理由をちゃんと話した。俺だけじゃなくて姫野や市平さんにも答えたし、取れたことを変に隠したりもしなかった。出身地の因習村じみたところの話だってした。そりゃあ初めこそなんで取れるか聞いたら無言の微笑みで疑問を相殺されたけど、仲が深まってきたら答えてくれたんだから俺はずっと知っていた。

 奴原が聞いて来ないからって自分の話をしない俺は、逃げ腰の弱虫の枯れかけ植物だったんだ。


 小学校の頃、いじめまでいかなくともイジられていた。

 その後姫野と出会って何かが吹っ切れ、暴れ回った。

 問題児カテゴリーに入れられた。

 人が近寄って来なくなり、俺からも近寄らなくなりつつあった。

 背が伸びて標準体型になった高校生の俺は周りに溶け込みたくなった。

 でも性格はそう変わらなかった。

 イジられるのが嫌で二の足を踏んだ。

 そんな時に偶々見かけたメンズ用アクセサリーを買って、つけてみて、妙に落ち着いた。

 アクセサリーをつければ違う一面を押し出して人と関われた。

 このまま俺は大人になった。

 大人になって、働いて、日々を過ごして、出会った。

 奴原に。

 俺が多分初めて本気で恋愛感情を覚えた相手に出会った今、逃げてばかりじゃあ駄目なんだともうわかった。

 ここまでを黙って聞いてくれた奴原は、

「話してくれて、ありがとう」

 とまず言った。

「子供の頃の辛い記憶って、思い出したくないから話したくなんてないですよね。それでも教えてくれて嬉しいです。ありがとう、久坂部さん」

「ああ、いや……」

 思い出したくないのもそうだけど、奴原相手に関しては恥ずかしいとかみっともないとか幻滅されるかもとかというネガティブシンキングが大いにあった。しかし奴原は全くそんな気持ちは湧いていないらしい。ほっとすると同時に、込み上げる。こういう間広くて穏やかなところが好きなんだと実感する。

 咳払いでちょっと誤魔化してから、優しく微笑んでいる奴原に向き直る。

「まあ、うん、そんなわけでさ……奴原さんの腕やら耳やら、特に抵抗なくサクッと食べたのはそういう経験があったからじゃねえかなって思うんだよ」

「ええ、確かに遠慮なく食べたなとは思っていましたが……」

「初めの腕はともかく、耳に目に腸にって段階が上がるごとに奴原さんのことも好きになっていってたから、なんていうかこう……その、今は本当に、好きだ。心臓も遠慮なくどころか早く食べねえとって焦りすぎて姫野にすぐ協力要請したし、調理の後は一気に食べた。本当はラブホで生のまま食おうかとも一瞬思ったんだが質量あったし吐いたら終わりだしやめた、それはごめん」

「全く謝るところじゃないですよ」

 奴原は眉を下げてくしゃっと笑った。活発な子供みたいな珍しい笑い方だった。

「久坂部さんのおかげでこうして起き上がれたと本当に思っています」

「それは良かったけど、でも、でもさ奴原さん」

「はい」

「取れないように、ならないのか?」

 奴原の目の中がゆらっと揺らいだ。その揺らぎを見た俺はひとつのことを思い出した。

 目玉だ。

 奴原の目が取れた時、俺は奴原をちょっとだけ疑った。もしかしたら片側は取れてなかったんじゃないかと根拠はなかったが思った。なぜかといえば奴原が何かを隠すような素振りをしたからだ。それが結局なんだったのかわからないまま、聞かないまま、俺はこうして奴原と付き合うことになって心臓まで実食させてもらっている。

 でももしあの時片方の目は取れてなかったんだとして、奴原がなんで嘘をついたのかがわからない。うーんと悩みかけたけど、目の前にいるんだしもう恋人だし聞いちまえと意を決す。

「奴原さん、もしかしてなんだけどさ、前に目が取れた時、後から取れた側は本当は取れてなかったとか、ある?」

 奴原はたっぷり黙った。おそらく分単位で黙った。え、大丈夫か? とすんごい心配になったけど変に追撃入れるよりも見守りたいと思ってしばらく待った。外の音が良く聞こえた。アパート前を通り抜けた車の走行音、何か危ない目に遭いかけたらしい自転車のベルの音、なかなか掠れているカラスの濁声、冷蔵庫の駆動音……は中の音か。聞いている間に奴原は目を閉じ、息を吸って吐き、吸って吐き、目を開いて俺を見た。そしてまずは謝った。

「すみませんでした、久坂部さん」

「……ってことは、目、取れてなかった?」

 聞き返すと首を振られた。

「取れたんですが、勝手に取れたのではなく、取りました」

 理解に多少の時間を頂いた。取れたんじゃなく取った。取れたんじゃなく取った。取れたんじゃなく取った。取れたんじゃなく取った……取れたんじゃなく取った!?

「取れたんじゃなく取った!?!?」

「はい。……どこなら支障ないかな……」

 奴原は自分の両手を目の前にかざして眺めた後、左手の小指を軽く握った。あっちょっと待て、と俺が止める前に奴原はやった。ポキン! と景気のいい音がした。俺は唖然とした。奴原は小さく息を吐いた。

 取った左手の小指は奴原の掌の上でコロコロしていて、多少流れていた血はすぐに止まった。

「痛くないんですよ、これ、特技です」

 と微笑みながら言われたけど、それどころじゃねえんだよなあ奴原さん!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る