6 復活できたというわけですね

 俺が堪えきれずに爆泣きしてぜんぜん言葉が言葉にならない間、姫野と市平さんが困惑している奴原に現在の状況について説明を始めてくれた。

「つまりなんだけど、クサくんと奴原さんが仲良し二人旅初デートに行ってそのままゆうべはおたのしみしに行って、クサくんがツヤツヤ繁茂で起き上がったら奴原さんがツヤツヤハツを吐き出して瀕死になってて今やっとザオラルが通ったって感じ」

「なんでドラクエなん?ザオリクあらへんの?」

「なるほどわかりました。寝ている間に吐き出してしまった心臓を今さっき久坂部さんが食べてくれて、僕はいつものように復活できたというわけですね。いつもながらご迷惑をおかけしました……まさか心臓という、重要な臓器を吐き出してしまうとは露とも思わず……久坂部さんのザオラルには本当にお世話になっています、夜は正拳突きにお世話になりましたが……」

「待ってや正拳突き?ゆうべは正がつくスタイルやったん?」

「クサくん渾身の正拳突きに関しては後で深掘りするとして、奴原さん、心臓吐き出しちゃったのに死に切らずに仮死状態っぽくなってたの不思議だね〜。なんかもうそういう家系で体質ってことは奴原さんも言ってたし本にも書いてあったから知ってるけどさ、でもさでもさ、死なないからって心臓みたいな重大な器官を頻繁に吐き出しちゃうのもきついよね? だいじょぶそ? ホルモン料理レパートリー要る?」

「だいじょぶちゃうやん?出てもうて食う前提やん?」

「久坂部さんの手料理は何度か食べましたが美味しかったので信用しています。でもそうですね、姫野さんの仰る通り、重大な器官を頻繁に吐き出してしまうのは生活にかなり支障が出ると思います。実際に今日、こうして皆さんが集まって下さったわけですし……難儀ですね。とはいえ、僕が個人的に出来る対策はほぼないと言いますか……お付き合いを始めた久坂部さんには、このまま迷惑をかけてしま」

「め゛い゛わぐなん゛がじゃねえお゛お゛!!!」

 つい割り込んだが泣き続けていたので藤原竜也になってしまった。三人が三人、勢いよく俺を見た。姫野が「うわっ大洪水!」と言って市平さんが「はよ鼻水拭きな!!」と言って奴原が「泣き顔は新鮮です」と言った。鼻水拭き派の市平さんがティッシュを渡してくれた。俺の部屋のティッシュだから俺のティッシュだが礼を言いながら受け取って、ズビズビチーン、ズビズビチーン、ついでに目元もゴシゴシフキフキ、オノマトペ拭き掃除をしっかり終えた。

 とりあえず落ち着いた。話さずに俺のズビゴシフキフキを見守っていた三人に向き直り、もう大丈夫だと言ってから、泣き顔は新鮮派の奴原に視線を合わせた。

「えーと、奴原さん」

「はい」

「その、……無事で……いや……生き返って、良かった」

「はい、それもこれも久坂部さんの尽力のお陰です」

「奴原さんが俺を信用してくれてるからだよ」

「久坂部さん……」

「奴原さん……」

「え〜〜〜、ゲホンゲホン!ゴホン!」

 見つめ合っていたら大洪水派の姫野に遮られた。

「なんだよ姫野、邪魔をするなよ」

「あのさあクサくんさあ、女の子二人の前でラブラブ二人の世界すんのやめよ?」

「それは、……それは確かにそうかもしれん」

「でしょ!」

 姫野はやれやれと言いたげに肩をすくめてから立ち上がった。それから市平さんの肩を叩いて促した。市平さんは「はあ〜〜〜、まあなんとかなったし邪魔せんとこか」と顔に書きながら鞄を持って、姫野と並んで立ちながら俺たちを見下ろした。

「ほな、お暇させてもらいます」

「クサくん奴原さん、まったね〜!」

「あっいやちょっと待てよ二人とも!」

 俺は慌てて立ち上がって姫野の市平さんに向き直った。勢いよく頭を下げて、

「今回は本当に本当にマジでありがとう、二人がいなかったらここまでスムーズにいかなかった。今度絶対にちゃんとしたお礼をさせてくれ、後で必ず連絡する!」

 ここまで言い切ったら下げた頭をパシリと叩かれた。ちょっと懐かしい感触だった。顔を上げると姫野が親指を立てつつ屈託なく笑っていて、腐れ縁のよしみだよん、と言ってからウインクした。

「さあさあ市平ちゃん、カードゲームしに行こ!」

「ほんまや、今からぜんぜんやれるやん! 行きます」

 二人はがっちりと肩を組んで嬉しそうにステップしてから玄関に向かった。俺は一応見送りに出たが奴原さんは立ち上がったらふらついたのでベッドに座らせて待ってもらった。駅まで送ろうかとも言ったが断られた。そんなことより奴原のそばにいろと怒られた。でも一応、けじめやら礼として、姫野と市平さんの後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまでは玄関から見送った。

 部屋の中に戻ると奴原はベッドの上で正座をしながら、俺が所持している居心地のクソ悪い部屋という訳者厳選海外作家アンソロジーを読んでいた。面白そうに、それから真剣にページをめくる様子を見ていると、身体からふっと力が抜けた。まだ強張っていたのかと気付きながら奴原の隣に腰掛けた。俺は奴原の横顔を見た。奴原はふと顔を上げた。視線を五秒くらい絡ませ合ってから俺は聞いた。

「俺の昔の話、小学生の時にそこそこいじめられたり問題児だったりした話、聞いてくれるか?」

 奴原は本を下ろして頷いた。もちろんです、と柔らかく笑いながら言ってくれた。

 俺は息を吸って吐いて腹に力を入れてみて、奴原の心臓が俺の一部になりつつある感覚を受け取りながら話し始めた。

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