脳だけはNO
1 調べて賞とか欲しくない?
本屋勤務の仲間がいるのは本当にありがたい……。俺はそんな気持ちで市平さんが勤めてる本屋へとやってきた。季節は梅雨。天気は小雨。ゴールデンウィークあたりはまあまあ忙しかったから梅雨まで引き延ばす羽目になったが、なんとか手が空いたからには打倒! 奴原を脅かしている部位取れ死亡例! というわけだ。
俺単体で行くと逃げるかもしれねえと思い、迷いなく姫野を召喚した。姫野と市平さんには部位取れ症状の死亡例について話してもいいと言ってもらったから速攻で巻き込んだ。
ちょっと悪いかなとも思いはしたが、まあそこは悪友幼馴染の頼りになる姫野さんだ。
「ヤバ、そんな超希少事例、調べて賞とか欲しくない?」
そう煌めく瞳で言いながら、俺の本屋訪問についてきた。せっせと働いていた市平さんは俺と姫野のコンビを見るなり「うわー今度はなんなん?」と顔に書いてから「紅紺混合デッキでボコられたから姫野ちゃんの顔見たら泣けてくるわ」と書いてから「いらっしゃいませ」と口にした。俺は接客スマイルを向けながら片手を上げた。
「久しぶり、市平さん。今日の夜空いてる?」
「空いてるよねえ、今日早番だから十八時には上がりだよねえ?」
「あーあーあー、空いてます空いてますちっくしょう!」
市平さんは大変聞き分けがいいというか諦めがいいというか自分の巻き込まれ方に慣れている節がある。あーだから巻き込み型で自立型の姫野と相性がいいんだなこれと思いながらも来てくれるからには逃さない。十八時まで待っていると念を押して一旦本屋は出た。小雨が相変わらずなので姫野と共に近場のミスドに引っ込んで、俺はオールドファッション姫野はポンデリング(黒糖)にアイスコーヒーをセットした。
支払いはこの前の心臓ボロンの時に助けてもらったから俺が払い、壁際の二人席で店内飲食をし始めた。なかなかJKが多かった。テスト期間なのかどうか、午前で授業が終わる日のようだった。
「こうやってると懐かしいね〜」
姫野がポンデリング(黒糖)を割り千切りつつ話し出す。
「クサくんとは駅前のミスミスドーナッツでよくお茶したよね」
「あー、そんなこともあったな……」
「小学校で初めて会って、中学もおんなじで、高校は違ったから放課後に集まるってスタイルになったんだよねえ」
「思い返すとこう……なかなかニコイチだったんだな俺たちは……」
「そうでもないっしょ。ミスドアフタヌーンティーも月に一回くらいの話だし、そのうちバイトやら勉強やらで集まれなくなったし、大学に入ればもう寝る前テレフォンくらいしかしなくなったし」
「寝る前テレフォンは俺じゃなくてその時の恋人としてただろ」
「てへぺろ」
姫野は舌出しウインクまできっちりやってからポンデリングを半分一気に放り込む。俺もオールドファッションを割って半分一気に放り込む。無言での咀嚼の間に近くに座っていたJK四人組が一つのスマホを覗き込んでデカい声で笑い始める。チクリントックでも観ているのだろうか。めっちゃ平和で日常だった。俺の愛する恋人がばかすか部位取れしてもしかしたら取れすぎて死ぬかもしれんなんてことが起きているなどとは思いもしないほど日常だった。
早く俺も日常に浸りたい。そう念じながらアイスコーヒーを飲んでいると、姫野がふっと顔を上げた。
「私さあ、前にクサくんに、大変だねえって言ったことあるんだけど」
「……いつの話だっけ?」
「けっこう前、クサくんに奴原さんの手が取れてー、って話を聞いた時」
思い返すと本当にかなり前だった。
「確かにあったけど、それがどうかしたのか?」
「うんにゃ、あの時のクサくんは確か、まあちょっと部位が取れるくらいだし、みたいな返答したと思うんだけど」
「それは……悪いけど覚えてねえから、そんなに重大な話だと捉えてなかったってことだろうな」
「うん、そうだと思う。でもあの時はねー、実は私は、こういうことになったりするんだろうなって加味した上で、大変だねえって言ったんだよねえ……」
ズゴゴゴゴ、と音を立たせながら姫野はアイスコーヒーを吸い切った。俺はその様子を眺めつつ、姫野ってこういうとこあるよな、と思っていた。なんとなく先を見越すというか、広い選択肢とかあらゆる方向に開けた未来への中で、こうなったら一番大変だよなあ険しいよなあって道筋になりそうな時がわかるというか。
まあ簡単にいうと「姫野から見て面白そうな展開になる場合がわかる」なんだろう。その上で面白がるだけじゃなくてこうやって手伝い助けてくれてるんだからなんとも思わない。俺は残りのオールドファッションを食い切って、アイスコーヒーを啜ってから姫野を見る。
「とりあえずの作戦なんだが、因習村のオカルト本に詳しい市平さん監修の元、部位取れ因習村について書かれた文献をクソ調べたい」
「おっけおっけ、なんでも従うよ」
「マジでありがとう。ちなみにネットの海は漁ってみたが眉唾な情報ばっかりでな」
「あー、広告がどんどこ出てきて有名なあれこれについて調べてみました!みたいな文言から始まってる変なまとめサイトとかね」
「因習村、みんな好きだからな」
「私も好き。おもろい」
「俺も嫌いと言えば嘘になる」
姫野と二人して神妙な顔になりながら、月刊ムームーに想いを馳せた。姫野と駅近ミスドしている時に、今近くにいるJKたちと同じように月刊ムームーとか週間ジャソップとか開いて覗き込んでたなあと懐古に浸った。
その流れで思い出話に花を咲かせている間に、時計は十八時になっていた。
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