10 おかしな状態になっているのかも

 山に囲まれた、と言うよりは山のど真ん中に位置するとある限界集落は、古来より一つの奇病が時折顔を出す。罹ってしまえば末代まで巣食う、息が途切れない病だ。

 さてこの奇病、簡単に言えば「体の部位が取れる」病気であり、同時に「一定期間経てば、或いは特定条件を満たせば、取れた部位が再生する」病気だ。更に言えば、「成人後には自然治癒し、どこも取れなくなる」病気なのである。

 N県某所のD地帯に暮らす、H家の事例を書こう。H家は十代以上前より奇病を共にしており、発症してしまっても対処は慣れたものだ。体の一部が取れても動じず、再生するまでじっと待っている。そして成人後にはいつの間にか取れなくなり、一般的に暮らしていける。

 ところが一つだけ、自然治癒が遅れた症例がある。

 H家当主であるOさんは現在は五十代の男性だが、腕や足が取れる奇病が完全に治った時期は四十代の半ばだったらしい。

「本当に驚きました。それに、怖かったです。自分だけは一生、取れ続けるんじゃないかって……」

 Oさんは苦笑いしながら詳細を話してくれた。

「ほとんどの人、今までのご先祖さまは成人する頃には治っていたんです。二十代を過ぎてもどこかが取れる人はいるにはいましたが、そもそも取れる頻度が少なくて、半年に一度くらい。自分はそこも違ったんです。一ヶ月に一度は何かが取れていきました」

 取れる部位は様々だったという。腕に足、両目に両耳、時には臓器……。

 痛みで動けないのではないかと案じる取材班に、そこは平気なのだとOさんは笑う。

「どこが取れても痛みはないんですよ。部位が欠けている分は不便ですが、まあ、いずれ生えては来ますし。しかし、いつまで経っても治らないともなれば……もしかすると痛みが生じる日も来るんじゃないかと不安に駆られました。夜もあまり眠れなくなり、……そんな時に支えてくれたのは、当時好きだった女性、現在の家内です」

 Oさんと奥様は晩婚だったそうだ。何故なのか聞いてみれば、奥様のご両親がひどく反対したからだという。

「まあ、腕や目玉の取れる男のところになんて嫁がせたくはないでしょう。でも私は家内が本当に好きだったので、絶対に家内と夫婦になりたかった。……それで、後々気が付いたのですが……この晩婚、好意を持っている相手と契れない蟠りや憤りが、病を増幅させていたようなんです」

 Oさんは言う。この奇病は成人を過ぎれば自然治癒すると思われていたが、治癒の鍵となっているのは年齢や肉体的な成長ではなく、精神の方面が取っ掛かりになっているのだと。

「早い話、家内のことが好きすぎて、色んな部位が取れてしまっていたんですね。孔雀の求愛行動みたいなものです。無事に夫婦となれた後には、この奇病は姿を消しました」

 そう晴れやかに話すOさんは、最後に結婚時の夫婦写真を見せてくれた。Oさんも奥様も幸せそうな笑顔を浮かべている、こちらにも幸福を分け与えてくれるような素敵な写真であった。

 部位が取れてしまう症状に見舞われながらも現在は夫婦として暮らせているOさんは、最後にこう話した。

「取れてしまった部位は放置していると勝手に腐りますし、ほとんどの人は捨て去ったり燃やしたりと処分します。しかし、これを食べる人がごく稀にいるようですね。その場合がどうなるのかは私にはわからないのですが……ひょっとすると、病気の治癒に何か関係があるかもしれません。治癒が早まったり、治らなくなってしまったり。まあ、ただの勘ですけどね。同じ症状に苦しんだ患者としての勘なので、当たらずとも遠からじだとは思います」

 腕や目が取れてしまう限定的な奇病についてのインタビューはこうして終わった。

 もしも取れた部位を食べたことのある人、今現在部位が取れている人などがいれば、ぜひ編集部に詳しい話を聞かせてほしい。頼りはいつまでも待つ所存だ。

(限界集落の奇病ファイルその三 了)

 

 読み終わった。読み終わった俺がまず思ったのは「その三!?他にどんな奇病があるんだよ!!」だった。なんかが生えてきちゃう病気とかだろうか。自然と同化しちゃう病気とか、血液の色が変わる病気とか、声が魚とか動物にしか聞き取れない周波数になる病気とか、そんな感じなんだろうか。

 その他の奇病について悶々とした後にやっと脳は本題に入った。そう、もちろん俺の目的である奴原の取れる症状についてだ。俺はまず、えっとその、喜んだ。

 うっかりニヤつきながら顔を上げると姫野と市平さんがダブルで「あーやっぱ喜んだ」と言う顔をしていた。

「クサくーん、奴原さんが超取れちゃうの、自分のことがめっちゃ好きだからかも!? と思ってるね〜?」

「ほんまこう……分かりやすい人でええね、久坂部さん」

 二人にチクチクされてちょっと、いやだいぶ恥ずかしい。誤魔化せていないが咳払いで誤魔化しつつ本は市平さんに返却した。

 市平さんは受け取ってから、

「せやけど喜んでばっかもいられへんよね」

 と溜め息混じりに言った。

 その通りである。俺のことがめっちゃ好きだからかもしれないが、どっちかといえばこっちの方が濃厚だ。

 脳内に思い浮かべた奴原が妖艶な不気味さで微笑みながら俺に言う。

『取れた部位を二人で食べてしまっているから、おかしな状態になっているのかもしれないですね』

 そうだとすれば俺はどうすりゃいいだろう。答えが見当たらないまま中ジョッキを飲み干した。

 奴原が次に取れたのは、そりゃ取れちゃダメだろって部位だった。

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