ハートの形(物理)

1 俺のことが好きだから?

 冬が遂に立ち去った! そしてみんな大好き春が来た!(ひどい花粉症の人はごめんなさい!)

 暖房をつけなくても暮らせる時期になり、俺は全力のガッツポーズを出してしまう。自分の部屋もだけど店内ももちろんノー暖房だ。電気代、ヤッター! ハッピーエイプリルサンキューッ!!

 とかなんとか無理矢理はしゃいでいるけれど、冬から引き摺っている問題は特に何も解決していない! むしろなんかじわじわややこしくなってきてるかもしれない!

 とりあえず最近の奴原事情を思い返す。二週間ほど前に右腕がボロンと取れたが二人でせっせと食べてすぐ生えた。それ以外は特にどこも取れてはおらず、そんな中でも俺たちはデートのために何回か顔を合わせていた。一緒に水族館などに行ってみた。魚の大群を眺めてラッコショーで水を浴び、二人してカピバラの手乗りぬいぐるみを購入して帰宅した。奴原は机の隅に飾っているらしいが俺はベッドで一緒に寝ている。お揃いなのでなんというか奴原がいるような気にもなってハッピーだ。そしてこんなふうに全く普通のカップルじみた相引きをしているだけじゃダメだとはもちろんわかっている。

 市平さんに読ませてもらった本を思い出しつつ奴原にそれとなく聞いてみた。

「なあ奴原さん。その……取れる奇病? って、えーっと……治る気配とかある……?」

 本当は「取れる奇病って俺のことが好きだから?」と聞くつもりだったが、無理だった。別に好きじゃないですがと言われるのもショックだが、そうですよと肯定されるのもだいぶショックだ。俺はまだ受け止める準備ができていないひよっこなのだ……。

 脳内でぐだぐだ考え込んでいる間に奴原は微笑みつつコーヒーを啜っていた。ちなみにランチデートの後にショッピングして喫茶店に入った状況だった。俺はホットジャスミンティーを飲んでいた、我ながらカワイイチョイスだろ。

「治る気配は、ありません」

 コーヒーを堪能した後に奴原はAI返答っぽく言った。

「取れる気配はそれなりにあるんですが、何故だか治りそうではないですね」

「ああ……それは、結構、問題……だよな?」

「いえ、問題ありません」

 またAIの模範解答だ。

「なんで問題ないんだよ?」

「取れてもすぐに生えるからです」

「それってでも、俺らで食ってるからだろ?」

「はい、そうです」

「それ、それがさ、あのー、……よくないのかも、って感じで……その……」

 うおおおがんばれ久坂部ちゃんとしゃべれ! 脳内で自分を鼓舞してから素早く背筋を伸ばすと奴原はなぜかつられた。同じように姿勢を正して両掌をそっと喫茶店のテーブルの上に備え付けた。俺たちは数秒見つめ合ってから、とりあえず俺の方が口を開いた。

「奴原さんの出身地、ってわけではなさそうなんだけど、体の部位が取れる奇病を持ってる限界集落のインタビューとか取材記事をさ、読んだんだ、この前」

「なんと。存在するんですね、そういう本」

「するよめっちゃする、ていうか奴原さんホラー本コーナーによく行くんなら、都市伝説系の書籍とかも詳しいんじゃ」

「置いてあるのは知ってますし、読んだこともありますが、僕の故郷などに行く取材班がいるとは思わなくて」

 なるほど合点承知。俺は頷き話を続ける。

「んで、その記事なんだけど、普通は成人すると勝手に治っていくのにたまーに治らない人が出て、その治らなかった人のインタビューが載ってたんだ」

「おお、すごいですね。どう治されたんですか?」

 切り込んでこられたのでちょっとまごつくけど、

「なんかさ、好きな子の気を引くために部位取れてたみたいなんだよな……」

 思い切って言った。奴原は深めの瞬きを一回二回三回落としてから、ぽんと手を打ち鳴らした。

「意中の相手と結ばれれば治った、と?」

「そう、そうなんだよ。わかってくれてよかった、つまりなんか求愛行動っていうか孔雀が羽開く感じっていうか」

「それならば久坂部さん」

「はい」

「僕と付き合いましょう」

 俺固まっちゃったよね。ドライアイ悪化するくらい固まっちゃって、その間奴原はいつものようにうっすら妖艶で不気味で俺を虜にしまくっている微笑みで俺をじっと見つめていたよね。

 断れるわけないんだよなあ。


 こうして俺は流れと勢いと奴原の男気により、晴れて好きな子とカップル成立おめでとうとなった。だがしかしここでハッピーエンド大団円とはならないからこそ、俺ずっとモヤモヤぐだぐだしてるんだ。

 季節的にもプライベート的にも春が来ているはずなのに。

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