9 二度と起こらないようにしてやりたい
駅前の繁華街をぶらついたり喫茶店のコーヒーを飲んだりずっとやっているゲームアプリに熱中したりしている間に夜が来た。市平さんには一回本を取りに帰ってもらう必要があるしその後またこっちまで来てもらうのは時間の無駄だしで、俺と姫野が市平さんの最寄り駅まで行くことになっていた。ほぼ行ったことのない駅だ。何があるかわかんねえなと思いながら店を多少調べたが、この辺はたぶんあいつが周到にやってるだろうと思って予約なんかはしなかった。
そのあいつこと姫野とは市平さんの最寄り駅改札前で落ち合った。
「クサくんおっす〜! 個室がいいかなと思って居酒屋予約にしたけどだいじょぶそ?」
やはりあまりにも周到の鑑だった。俺は心の中で拝んでから実際には素早く頭を下げた。
「すまん、姫野!」
「えっやだなになに」
「色々気を遣わせてすまん、そして同時に俺の恋煩いにこんなに手を貸してくれてありがとう!!」
まあまあでかい声が出ちゃったので通行人にちらちら見られてしまった。でも頭を上げずに全身全霊の感謝を姫野に示していたら「やだマジで顔上げて?」とけっこうシビアな声で言われたので素早く上げた。姫野、珍しい顔をしていた。哀れなる恋愛男を慰めつつもちょっと引いてる顔だった。
姫野は地味にショックを受けている俺を促して歩き始めた。あんまり変な態度取りすぎるのもよくねえなと思い、指輪を嵌め直しつつネックレスを付け直しつつ、奴原とのこれまでのあらすじを話して聞かせた。姫野とは案外と顔を合わせてなかったので話すことは色々あった。奴原と二人で食事に行ったら目の前で自前のモツをリバースされた、最新のカニバリズムについて説明すると堪え切れなかったみたいでデカ目の笑い声を出した。
「それどうしたの?店で食べたの?」
「おう、目の前にちょうどいい鍋があったからそこに放り込んだ」
「そんなんどう足掻いてもウケる、奴原さんも普通に吐いて普通に食べてるとか絵面の爆発力エグすぎない?」
「撮っといたらよかったかな」
「私か市平ちゃんにしか見せらんないっしょ」
話している間に市平さんの最寄り駅に到着した。栄えすぎておらず寂れすぎてもおらずちょうどいい駅だ。改札を抜けた後に姫野がスマホをタプタプしたら、改札付近のコンビニから市平さんがさっと出てきた。俺と姫野を見て「二人とも全然久しぶりちゃうんよな」という顔をした後に「こ、こんばんは」となぜか固まりつつ言った。
「市平ちゃんこんばんみ!」
「こんばんみ、姫野ちゃん!」
「市平さん、ランチぶり」
「アッハイ」
なんか俺に冷たいな……と思ったが顔を見ると「女二人で男の人一人を挟む構図やん」と言っていた。そういえばそうだ。性別はそんなに気にしてなかったから忘れてた。傍目には修羅場のように見えるだろうか。まあなんでもいいか、うん。
何やらカードゲームの話を始めた姫野市平コンビについていき、ビルのそばに物静かに建っている小ぶりな居酒屋へと入る。座席数は少ないが全て個室でちょうどいい。偶々だけど一番奥の座敷に通してももらえた。姫野と市平さんが並んで座り、俺は二人を交互に見る。水とお通しを運んできた店員さんがなんとなく気まずそうだったのはやっぱ修羅場っぽく見えるからかもしかして。
「あーお腹すいた!」
俺の悶々をかき消す姫野の明るい声。姫野はメニューをテーブルの真ん中にドンと開き、注文していい〜?と言いながら三人で分けて食べられそうな品物をいくつか店員さんに言う。隣にいる市平さんは無言でドリンクメニューをテーブルの上に置きながら「私レモン酎ハイにしよ」と言う顔をする。俺は生ビール中ジョッキと何も考えず口に出す。
アルコールが来てサラダが来て枝豆が来て焼き鳥三人分と餃子が来たところで、姫野が市平さんの二の腕あたりを小突いた。市平さんは頷いて、レモン酎ハイを二口飲んでから鞄に手を押し込んだ。
引き摺り出されたのはもちろん本、オカルト系っぽそうな赤と黒と黄色の目立つ単行本だ。
なんなのかは聞かなくてもわかっているし、市平さんはパラパラ開きながら説明を始めてくれる。
「体の部位が取れてまう奇病、やっぱ三つくらいの限界集落で起こるみたいやね」
「そ、そうなのか……」
「おん、せやけどまあこれ、山奥にしかおらん生き物が原因で起こる症状ちゃうかっていう化学的な見解も一応載っとるけども、久坂部さん知りたいんは原因とかちゃうもんね。対処法とか治療法とか、全然治らん場合の症例やもんね」
「うん、そう、二度と起こらないようにしてやりたい」
市平さんは頷いて、
「ほな読んでください」
俺の前に本を差し出した。俺は受け取り視線を落とした。その奇病にかかってしまった時は自然治癒以外の治療法は不明だと書かれてあって突っ伏しかけたが踏みとどまった。
成人後にも治らなかった男性の症例が書かれてあった。
俺は手を伸ばして中ジョッキを掴んだ。気合いを入れるために三分の一ほど一気に飲んでから、詳細を読み出した。
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