3 うーむ、癒される
やって来た公園は実は初めてまともに見る。牧歌的で長閑な癒しの空間をイメージしており大体はその通りだ。木々が爽やか、晴れてるから木漏れ日が豊か、公園のメインである広い池は貸し出しボートも浮いている。めっちゃ癒されて良いところだ。隣を歩く奴原も俺と同じ癒しを感じているらしく、普段よりも穏やかな顔つきで肺いっぱいに酸素を吸い込んでいる。
「自然公園って、本当にいいですね……」
「ああ、いい……」
俺たちは二人して現代社会で戦う社会人……そして田舎出身……。広がる自然にノスタルジックな気分になってヒーリングによりアップデートするのは必然だった。
ひとまず池の周りを散策することにした。遊歩道がバッチリ整備されており、程よく木が植わっていて程よく日陰が生み出されている。池周辺に張り巡らされた柵は景観を損なわないウッド調だ。うーむ、癒される。
一番見通しが良く影になっている箇所でお互いおもむろに立ち止まった。頭上の枝から何らかの鳥がバサバサと飛び立っていき、行く末をなんとなく目で追っていくと池に浮かぶ貸し出しボートが気になった。男女のカップルが乗っていた。ラブラブに見えたからカップルで間違いないはずだ。俺も奴原とボートに乗って仲良しカップルに見られたいと思ってしまった。
そしてこの俺の思考を奴原は普通に読み取った。
「ボート……乗りたいですか?」
「乗りたいです」
即答しちゃった。奴原は頷き、微笑み、掌を差し出してきた。恋人をエスコートする紳士的なそれ。俺はお姫様の面構えで奴原の掌に自分の手を重ねた。優しく握られた手を優しく引かれ、俺はボート乗り場へと連れて行かれた。
何気に公園の池のボートに乗るのは初めてだった。故郷にある寂れたスポーツ公園には薄汚れた小さな泥色の池があって錆び切ったアヒルボートがあったりしたのだが、風船ガムを膨らましながら日差しに目を細めているガラの悪いおっさんが受付をやっていたので近寄ったことはない。初体験のボート、奴原のエスコートにより快適だ。漕ぐためのオールの使い方も丁寧に教えてくれて、俺たちはせっせと漕いで池の中をさっさか進んだ。
なだらかな太陽光が降り注いでいた。池の水は藻の気配が濃くて物凄く綺麗というわけではなかったが公園には適した色合いだ。池周辺の遊歩道を歩いている親子連れの笑い声が届く。オールで掻き混ぜた水の音がボート越しに伝わってくる。もう全力で情景描写し続けたくなるくらいに四方が癒しに満ちている……。
「長閑で、めっちゃいい雰囲気だな……」
「ええ、ずっとここにいたいですね……」
「このボートの上で、寝れるぜ……」
「はい、全然昼寝、できますね……」
俺たちは全力で癒されていた。この後はもう無言になって風の気持ちよさとか池の水がボートを撫でる音とか緑の穏やかな匂いとか、公園が提供してくれる大自然を全身で受け止めていた。公園デート、最高でしかねえ。ボートの貸し出し時間が終わるまで池の真ん中あたりでプカプカ浮いた。終わった後は名残惜しすぎたが大人しく出発地点へと戻り、笑顔の貸しボート屋さんにボートとオールを返却した。
あっという間に正午を過ぎていた。腹が減ったなとお互いに言い合い、お互いに作ってきた弁当をベンチのある広場に移動して食べ始めた。途中で交換した。奴原の弁当に入っている肉巻きチーズが物凄く美味く、奴原は俺作のきんぴら大根を褒めてくれた。主婦かな?というようなやり取りだった。まあしかし、わりと、かなり、いやだいぶ、ハッピーで浮かれていた。好きな子と付き合えてお互いにほっとできるところにデートで来られて作り合った弁当が美味い。浮かれない方がおかしいだろって話なんだよな。
昼食後も公園を散策した。日陰でゴロゴロなんかもして、そろそろ出ようかって時にはもう一回池の周りを歩いてみたりした。
「この公園、デートの定期コースにしましょうね」
奴原の提案を断るわけはない。
「もちろん、癒し効果半端ねえし、初デートの記念場所なんだから重要だよ」
「僕たちの初デートって、ラブホテルではないですか?」
おっと齟齬。
「それは、まあ、初めてのアレソレはそこだけどさ、恋人になってからだとこの公園っていうか」
「ああ、それならそうですね。でも僕は、腕が取れた時のホテルが」
「わかったわかった! 奴原さんってこう、あっさりしてるっつうかばっさりしてるっつうかさ!」
「ふふふ、久坂部さんの反応が面白いので、そうしてるんですよ」
意外な発言を放り込まれてつい固まった。あーとかえーとか言って誤魔化していたら素早く手を握られた。ちょうど公園を出たところでそれなりに人通りのある歩道に差し掛かっていた。俺はちょっと躊躇っちゃったけど奴原に気にした様子はなかったのでチキンハートを見せたくない気持ちが勝った。
手を握り返し、ずんずん歩いた。そこそこいい時間だったから夕飯の相談をしながら道を進んだ。奴原は明日も休みですよと言って、俺もそうだと言った。俺も奴原も何のために二連休をデート日にしたかなんてのは明白だった。
初デート、そして付き合ってからの初ホテル……。もう幸せすぎてありがとう!と叫び回りたい気分だったが上手くいかない。
じっくりとゆうべはおたのしみでしたねを過ごしてからの翌日俺は数秒理解が及ばなかった。
微動だにせず俺の隣に横たわっている奴原は、脈打つ心臓を口から吐き出していた。
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