モツとくれば鍋だろう

1 かなりいい感じだと思う

 バレンタインの贈り物は何もチョコレートでなくてもいい……。

 とかなんとか俺が言い出すのはやはり職業のせいである。まあつまりアクセサリー。付き合っている彼氏へのプレゼントとして指輪やブレスレットを購入、ぜんぜんアリだと俺は思うしむしろそうしてくれれば売り上げ的に最高だし本社くんもバレンタイン戦略を毎年バッチリ考えている。今年は恋人同士のペアアクセサリーを推すようにとのお達しがあり新商品はペアリングにペアネックレスだ。男女想定で作られてはいるが男同士女同士の恋人にも対応可能、ユニセックスなデザインに仕上げてある……(本社くん談)

 そしてこの『バレンタインのプレゼントはチョコじゃなくてよくない?』問題については俺だけでなく奴原も一家言あるみたいだった。

 一月半ばくらいのある夜に、俺は奴原と寝る前通話などをしていた。奴原は珍しく酒などを飲んでいたようで普段よりもなんとなく饒舌だった。その時に言った。

『バレンタインシーズンなので、僕の店の新商品展開の案をずっと考えているんです』

「おお、仕事熱心だな。奴原さんの職場はメンズ向け服屋だし、毎年けっこうな売り上げになったりする?」

『しますよ。でも今年は……少しまずくてですね』

「わかるぜ」

『はい』

「物価高……だな?」

『はい……』

 奴原はここで深く息を吸い、一気に喋った。

『僕の服屋は大型ショッピングセンター内の専門店街に位置するのですが、ショッピングセンター側の動向をうかがってみたところかなり大規模なチョコレート市を開く予定のようなんですよ。それがですね、リーズナブルな商品から高級チョコ専門店の出店まで取り揃えているようで……ショッピングセンターのポイントカードは使えるしスマホ決済のバリエーションも豊富だしと、物凄く力が入っています。それはバレンタインなので良いのですが、僕がそれはどうなのかと思っているのは、商品展開がチョコレートオンリーなところなんです。わかりますよね、久坂部さん』

 わからなくはなかった。なんせ俺はアクセサリーショップの店員さん。バレンタインといえばチョコレート!と言ってしまえばこっちの売り上げが素寒貧の閑古鳥の閉店まっしぐらなのである。

 とはいえ奴原ほど管を巻きもしない。アルコールが回っているんだなと思いつつ「わかるぜ……」と同意しておいた。奴原は礼を言ってから何かしら(たぶんアルコール)を飲む音を響かせて、ぷはっと大きな息をひとつ吐いた。

『加えて物価高、売り上げ自体もあまり芳しくはないので……バレンタイン展開方法に店も僕も苦労しています』

 ここからはお互いの店をどう展開するつもりなのかの話し合いになった。服と服飾なので違いはするんだが本社が送ってくるバレンタイン用の新商品をどうアピールするか意見を出し合うのはかなり有意義だった。目立つところに置くのは当然としてマネキンのコーディネートやら合わせ売り出来そうな商品についての見解やら奴原と俺がどちらからともなく寝落ちるまで話し合いは続いて、翌朝は遅刻ギリギリに起きてしまってバス停まで全力疾走した。

 奴原からはメッセージが一通来ていた。

『良ければ今度店に来てください。僕も久坂部さんのお店に行ってみたいです』

 こう書かれてあったので、オッケー以外の何物でもなかった。


 奴原と俺、かなりいい感じだと思う。いやこれ誰に聞いてもそう言うだろうなと確信がある。大体あのクリスマスあたり、奴原の目を食べてからはこの状態だ。ほとんど毎日連絡しているし夜もタイミングが合えば通話するしどこかしらの部位が取れてなくてもこうやって会う約束なんかをするようになっている。いやー嬉しい、なんせ俺ははじめから奴原を恋愛対象として見ていたのだ。友達としてではないし食糧としてでもない。恋愛対象。だって奴原、絶妙な得体の知れなさとふと見せるかわいらしさがギャップになって魅力しかねえんだもん。

 それはそれとして懸念はあった。懸念というか疑問というか、本当のところがわからず悩んでいる部分があった。姫野にも相談したが、奴原は俺に目が取れたと嘘をつけたんじゃないかなと考えてしまった。つく理由も不明だしついたとして何のメリットがあるのかも不明だし、あくまでも『そうすることができた』範囲の話ではある。

 だから一旦保留にしたとして、悩んでいる部分の根幹はまた違う。

 奴原の体の部位が取れる頻度、明らかに多くなっているんじゃないだろうか?

 それはもしかして、俺が食べるようになったせいとか、関係あったりするんじゃないだろうか?


 奴原の店には四日後の休みに行くと返した。朝から夜前までのシフトだと聞いたからじゃあその後メシでも食いに行こうと約束し、この日に部位が取れる話についてもうちょっと詳しく聞いてみるかと心に決めた。

 まあでも結局聞けなかったというか、やっぱり奴原は取れちゃった。

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