後 そんなん答えようない……いや、あるわ

 イチちゃんとは更に何戦か戦った。全体的な勝敗は五分五分なんだけど、イチちゃんの負け方がいつも運に見放されたようなとんでもない引きの悪さだからめちゃくちゃ笑ってしまう。彼女的にはもちろん不満なので「またわろてるやんけ〜!」と顔に書きながら「またわろてるやんけ〜!」と怒り出す。本当に見ているだけで飽きない人間性の子だなこの子。

 閉店ギリギリまで居残るのも良くないので程々なところでお互いにカードを片付けた。帰る方向は途中まで同じだから連れ立って店を出て、まだまだ寒い気候の中を駅に向かって歩き出す。その間に店で話したクサくんのことをまた思い浮かべる。奴原さんの取れた目玉の話。意見も何も、私に言えることは本当にめちゃくちゃ少ないと思うし、実際にこう答えた。クサくんは納得したみたいだったけど更に聞いてきた。

『なんていうかさ、奴原は……昔からときどき手とか耳とか取れてたっぽいんだが、最近明らかに取れる頻度が多くなってる気がするんだよな……だから心配っつうかなんつうか、姫野、俺が気にしすぎなだけだと思うか?』

「うーん……なんとも言えないけどー……」

『いいよ、はっきり言って』

「……ただの所感ではあるけどさ、私も話聞いてるだけだと、よく取れるんだな〜とは思うんだよね……」

『そうか……』

「そうなんだよ……」

 クサくんはありがとうと大人しく礼を呟いた。もうこの殊勝さが、私としてはクサくんらしくなくて歯痒いわけだよね。でも言えることが本当に少ない。さすがに手足がポロポロ取れる人種についてなんてぜんぜん知らない。

 でもそこで、イチちゃんとの出番なんじゃないかと思う。本屋さんで色んな本に触れ合う日を過ごしている彼女は奴原さんの目が落ちちゃった日だって興味深そうに色々質問をしていたわけで、その後何かしら調べた可能性はあるし調べるために本屋という職場はかなり適切だ。私よりも相談相手に向いていると思われる。

「そんなわけだからさイチちゃん、もしクサくんが何か聞いてきたら親身になってあげてくれない?」

「説明めっちゃ端折るやん」

 しまった、脳内では色々考えてたけどぜんぜん口に出してなかった。

「ごめんごめん! 恋するオトメンなクサくんが助言求めて来た時は、真面目に相談に乗ってあげて欲しいってこと!」

「うち恋愛経験やら恋愛運やら終わってるんやけど……」

「あー更にごめん、恋するオトメンだけど相談内容は恋愛っていうよりはその……腕とか目とか取れる相手のことが心配なんだけど、どう対処すればいいかわからない的な相談内容になるかなって……」

「そんなん答えようない……いや、あるわ」

 さっそくの好感触にうっかり黙る。イチちゃんは口元に手を当てながら「なんか読んだな、どこの棚やっけ、うちの店ちゃうくて隣の図書館?」とぶつくさ声に出して悩んでいた。めっちゃ頼りになる、私の目は間違ってなかった。イチちゃんはもごもごと何か唸りながら歩いていく。

 黙ったまま見守っているうちに駅に辿り着いたから、違う改札を通りかけたイチちゃんをせっせと誘導して一緒に電車に乗り込んだ。私の方が先に降りるけどこのままついていこうかなとちょっと思ったけども二駅過ぎた辺りでイチちゃんはパッと頭を上げて「あかん思い出せへん」と顔に書きながら「あかん思い出せへん」と口にした。

「今すぐどうにかしろって話じゃないよー、もしクサくんから連絡あったら対応してあげてって話」

「いやそれはわかってるんやけど、……思い出されへんとモヤモヤするやん?」

「まあねー。なんにせよ頭の片隅に置いといてくれたらそれでいいって」

「姫野ちゃんて意外に気配り上手やんな」

「意外ってつけなくていいって」

 ここで目を合わせて同じタイミングで笑い声を出す。そのあとに次は私の降りる駅ですよーとアナウンスが流れ始めて、また連絡するよ今日は対戦楽しかったと話しているうちに電車が止まった。

 手を振りながらホームに降り立ち、イチちゃんとはここで別れた。電車はすかさず発進してみるみるうちに遠くなる。冬の夜は息が常に白くてずっと寒い。取り出したスマホには変わった通知は特にない。

「クサくんと奴原さん、今頃何やってるかなあ」

 とかなんとか珍しく他人の関係の行く末なんかを気に掛けてみちゃうけど、こんな気配り意外だよねと心の中でイチちゃんと笑う。


 そして予想通りというかなんというか、クサくんは私込みでイチちゃんに助けを求めに来る。ここから二週間くらい後の話だ。

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