2 正直に言えば似合いません

 奴原の働くメンズファッションブランド、俺は買ったことがない。なにせ服の系統がわりと違うのだ。俺が喜んで着るのはアクセサリーが映える服、アクセサリーを主体にできるスタイルだ。そしてぱっと見のいかつさが欲しい。太いチェーンのネックレスなどを合わせて戦闘モードじみていたい。ハードロックバンドをBGMにして出勤したい。

 しかし奴原の働くブランドはどれかといえばユニセックス。女性でも着られるカジュアルさが売りである。

 そんなわけでひとつも所持してはいないが、本日は奴原に会うために店舗を覗きに行く。タンスをひっくり返して服を探し、比較的おとなしそうに見えるものをチョイスする。デザインがかっこよかったためロックバンドのTシャツをメインにした。半袖シャツなためクソ寒い。下に無地の長袖Tシャツを着込み、上から厚手のジャケットを合わせれば無難である。ここに俺は毎日ネックレスやリングを追加する。今日は英語歌詞を掘ったプレートのロングチェーンネックレスをぶら下げた。

 アクセサリー、俺には必須の専用武器だ。しかと携え準備を終える。目指すは奴原のいる店舗、あまり行くことのないショッピングモールの一角である。約束しているのは仕事終わりでの夜飯だがその前の時間帯からモール自体にはいたかったのでちょっと早い出発、夕方には家を出た。電車に乗りバスに乗り、一時間ほどで辿り着いたショッピングモールはバレンタイン一色でポスターなどがこれでもかというくらいに赤かった。


 カップルが多い中でアクセサリーをじゃらじゃらつけて一人で闊歩している俺はなかなか目立つ……。とはいえ回れ右をする気はなく、店舗案内図まで真っ直ぐに向かって目当ての奴原ショップを探し出す。入ったところからわりと近くにあった。待ってろ奴原と思いながらショップへ向かうと店員さんに「奴原さんは今休憩です」と申し訳なさそうな顔で言われてしまった。

 スマホを覗くとちゃんと奴原からの連絡があった。今休憩ですという簡素な連絡だ。俺はせっせと今着きましたと返事を打つ。返信はすぐ来る。

 やり取りはこうである。

『従業員用の休憩所に引っ込んでいますが、モールの方に戻りましょうか?』

『いや、大丈夫。色々店見て回ってくるよ』

『それなら(店内地図のPDFが届く)これをどうぞ』

『おお、ありがとう。おすすめの店とかあるか?』

『サバウェイ(サンドイッチの有名チェーン店)ですかね』

『いや服とかアクセとか』

『僕の店はおすすめです』

『奴原さんいる時に行かせてくれよ』

『なら、あと二十分後に来てください』

『わかった』

 ここでありがとうのスタンプが送られてきた。やり取り終了の合図だと思いそれ以上返信せず、時間潰しのためにとりあえずモールの中を適当に歩いた。レディース店舗が多い。雑貨屋と三百円均一が隣同士で入っている。靴下のみが売っている店と帽子のみが売っている店がその後に続き、越えるとメンズ向けアクセサリーショップが見えてきた。競合店だ。負けないぜの気持ちを胸に店舗前にあったごついブレスレットのポスターをガン見していると後ろから肩を叩かれた。

「正直に言えば似合いません」

 奴原だった。細身のジーンズに品がよく見える黒いワイシャツ、ワンポイントとしてシルバーアクセサリーがぶら下がっている。

「え、俺、思いっきりこういうの売ってるショップ店員なんだが?」

「でも、久坂部さんはもう少し落ち着いた物の方が似合うような」

「ほんとに? マジで? かなりじゃらじゃらつけた状態で店舗に立ってることばっかなのに」

「それはそれです。休憩時間が終わるので、店に戻ります」

 歩き始めた奴原の隣に並ぶ。店にはすぐ辿り着き、奴原は休憩戻りましたと声をかけて首から名札をぶら下げた。奴原と書かれてある名札だ。俺は特に理由もなく様子を眺めていたけども、目が合った奴原がこっちに歩いてきてその途中でカーキ色のジャケットと黒のパンツを手に持って、どうぞご試着くださいと言ってきたから関西のノリでちょっとだけ転けた。

「超接客してくるじゃねえかおい」

「しないとは言ってませんが……」

 奴原は俺の背中を押して試着室へと誘導する。もう着ないと返さないと言いたげだ。仕方ないのでジャケットとパンツは試着したが測ったことあんの? と思うくらいピッタリだったから笑っちゃって、やっぱり似合いますよ素敵ですとにこにこ笑いながら言われたもんでジャケットの方は買っちゃった。ちょうど上着欲しかったし逃れられずに財布出しちゃった。俺ってほんとバカ。

 まあ奴原が嬉しそうだからいいけどな!


 ジャケットを受け取った後は一旦奴原の店からは離れた。時間を見ると奴原の退勤まであと一時間ほどだった。待っていると告げてからまたモールの中を適当にぶらぶら歩き、どこかの店へ入っても今度は何も買わないでおこうと店員が近づいてくる前に退店した。雑貨屋がちょうどよかった。シンプルで洒落ている収納グッズを眺めていると、奴原から終業しましたと連絡が来た。

 いざ、夕飯の時間である。俺はスマホを片手に、奴原が待っているというフードコートへ向かった。ワンナイトもできたりしねえかなとか浮かれていた。俺の姿を見つけた奴原が柔らかい笑顔で手を振ってくれたから余計に色々期待した。

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