7 どうぞ、お試しください

 俺が作ろうとしていた眼球スープの話なのだが、眼球を眼球として食うのはキツいだろうなと踊り食いする後から考えていた。すり潰したりみじん切りしたりと細かく砕き、その上でミンチに混ぜて味付けし眼球入り肉団子としてスープに放り込むのがいいんじゃないだろうかと。当然スープだけでは腹が膨れにくいので適当に肉や魚で主食を拵えようとは考えていたし、中華スープにすれば餃子などとも合うな唐揚げでもいいな麻婆春雨なんかもどうだろうとあれこれ調理アイデアを浮かべながら奴原の部屋までやってきた。まさか似たような思考を辿った上で調理までされるとは……思わなくはなかったけども俺が調理担当って話だったから覆されたりはしないと思っていたというか、奴原って気分などでやることを変えてしまうタイプには見えなかった。

 なんにせよもう眼球料理はできている。スマホを覗くと正午前。雨により多少電車が遅延したため、昼飯に悪くない時間となっている。あーだからもうメシ作っちゃったのかも? それならありがたくもあるし、机を挟んで目の前にいる奴原はにこにこと笑っているし、俺は手を合わせて頭を軽く下げるしかない。

「じゃあ……いただきます」

「はい、いただきましょう」

 頷きだけを返してから箸を持つ。テーブルに並んでいる料理は三種。まずメイン、奴原が自分でネーミングしたらしい「眼球ハンバーグ」……これからいただこうと箸を端にゆっくり入れた。眼球入りのミンチなのだろう、ミンチオンリー時よりもゆるやかに肉がほどけた。内部には白っぽい食材が見える。これ、眼球やね。脳内ツッコミをしたのはなぜか市平さんである。今頃何をしているだろうか……仕事だろうか……休みならカードゲームタイムか……? 姫野と対戦とかして遊んでいたりして……などと余計なことを考えてしまっているのは昨日生でいかせてもらった眼球が尋常じゃない食えなさだったからだ。眼球ハンバーグ、美味いのだろうか……。

 ちらっと奴原を見た。真っ直ぐに俺の箸を眺めていて、ハンバーグというか取れた自分の眼球の行方を見守っている。片目はまだ出来上がっていないのだろう、白い眼帯がはめられており視界が悪そうだ。うむ、はやく両目をそろえてやりたい。

 一口大にした眼球ハンバーグを口へ放り込んだ。生眼球の生臭さ、は、俺を殴りはしなかった。

「美味い……!」

「あ、良かったです」

 奴原は首を少し傾けながら薄く微笑む。

「すり潰してミンチに混ぜたのですが、感触などは?」

「いや全然問題ねえよ。正直昨日の生踊り食いはだいぶかなり相当きつかったんだけど、このすり潰された眼球なら余裕で美味い。火が通ってれば生臭さは気になんねえし……生姜とか入れてるかこれ?」

「はい、入れてます。潰れた眼球は見た目が豆腐に似ていましたので、豆腐ハンバーグのようにしようと思い、そうすると和風かなと」

「正解だと思うぜすげー食える、米にも合いそう」

「どうぞ、お試しください」

 片手が恭しく白米の盛られた茶碗を指し示す。スッ……と効果音がついていそうな促し方は執事のようで微妙に背筋が伸びる。そうか奴原って執事とか騎士とか仕えている雰囲気があるんだな。服屋の店員だから培われた奉仕スタイルだろうか。

 なんにせよ促されたので白米と眼球ハンバーグを同時食いすることに。もちろん余裕で美味かった。三種料理のうちの二種目、けんちん汁も米ついでに啜ってみて、こちらも安定して美味かった。木綿豆腐の食い方としてはけんちん汁かなり好きである。野菜から滲み出たほっとする甘みと鼻を抜ける和風だしのコクが豆腐のシンプルな風味にちょうどいいんだよな……。

 ってこれ豆腐だよな?眼球じゃねえよな?いや眼球にしてはこう、ハンバーグにも入れてけんちん汁にも入れてじゃ眼球いくつ落ちたんだよって量になっちまうから、また違うか。

 奴原にチラッと視線をやると、

「眼球らしい色合いの材料を選びました」

 俺の疑問に爆速で答えをくれた。

「あ、そうなのか……」

「はい、せっかくですので。これも眼球もどきとして作りました」

 奴原は最後の一種である卯の花を指す。うーむ、確かに色だけなら潰した眼球を和えたように見えなくもない。早速失礼して一口食べさせてもらうと何の問題もなく美味い卯の花で、箸休めとしても副菜としても順当な存在感を持っている。

 眼球ハンバーグ、けんちん汁、卯の花。すべて美味くて理想的な和風の食卓、ここがツイッターならいいねを何万回も押している……と、食卓に浸っている暇はない。

「とりあえず、さっさと眼球食っちまうよ」

 そもそもの目的は奴原の目を戻すことなのだ。頷いた奴原に頷きを返してから眼球ハンバーグを箸で崩し米と食べる。ハンバーグだけでも食べる。ジャストタイミングでゆずポン酢を差し出されたので味変としてかけてから最後の一口を放り込む。

 肉汁と眼球らしきとろみを咀嚼し嚥下し、勧められたほうじ茶を飲んだ。一息ついて目の前を見る。奴原はハンバーグをちょうど俺と同じく食べ終わった。その後に視線を合わせてきたので生えたかと思い、つい身を乗り出した。

「目、どう?」

 ついでに聞きもした。奴原はなぜかふっと笑い声を漏らしたが、嵌めている眼帯を掌で押さえてから首をゆったり縦に揺らした。

「やっぱり、久坂部さんに食べてもらうのが、効きますね」

 と言いながら奴原は眼帯を外し、その下には出来たばかりと思われる目玉がきちんと眼窩に収められていた。

 昨日から出しまくっているガッツポーズが今日も出た。

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