6 なんじゃこれぇ!

 ライチ……ゼリー……餅……いや……そんなにいい食い物じゃない……むしろ食い物なんかじゃない……。

 はっきり言って眼球という物体はものすごくまずかった。口にポイと入れた瞬間から吐きそう&なんじゃこれぇ!&血生臭い……だったし調理工程の偉大さをこれでもかと感じることになった。いやあたとえ好きな相手の眼球でもこんななるんだなと身に沁みた、いい経験である……と、割り切れれば良いんだけどそんな味覚が追い付いてくれなかった。眼球の表面はブヨついており、ええいままよ! と勢いよく噛み締めた途端に弾けて中から得体のしれない生臭い泥が溢れ出してきた。

 奴原の眼球じゃなければトイレに走り込みあげてきた胃液ごと便器に吐きつけているところだった。

『噛みましたか、久坂部さん』

 取れた部位でもなんとなく状況がわかるらしい。噛んだし現在必死に咀嚼中だと伝えたいが、口元を手で押さえてなければ吐き出してしまうから声は出せない。奴原は感じ取ってくれたみたいでそれ以上は何も言わなかった。ありがてえ。好きだよ奴原。たとえ調理工程を経ていない眼球がとんでもなく食えなくても、俺はお前の目を生やす。

 涙目になりながら眼球を飲み込んだ。喉と食道が嫌がって痙攣したが無理矢理に通過させるために水をコップ一杯飲み干して、それでも生臭さは消えなかったから二杯目もすぐさま注ぎ込んだ。ここまでの間、無意識に息を止めていた。

「ぶはっ! はあっ……はあっ……おぇっ……」

 口元を袖で拭きながら放置していたスマホの元へ戻る。電話は切れているかもしれないと思っていたがちゃんとまだ繋がっていた。向こう側の奴原は俺の立てる物音に気付いたらしく呼び掛けてくる。

『久坂部さん、ご無事ですか』

「お、おう……大丈夫だ……」

『ものすごく咳き込んでえずいてましたが、本当にご無事で?』

「お、おう……水飲み過ぎただけだ……」

 スマホを持ち上げて一息つく。口の中にはまだブヨブヨとした生々しい粘つきが感触として残っていて気を抜くと胃が中身をぶちまけそうなのだが、そんなことよりも重要なのはアレだ。

 奴原の目はどうなった?

『あ』

 不意を突かれたような声がスマホから届く。

『右眼、生えそうです』

 恒例になりつつあるガッツポーズが出た。踊り食いした眼球による疲弊で弱いガッツポーズにはなったが、奴原には見えないので構わない。数十秒もすれば『生えました、見えます……!』と喜びを纏わせた声で報告してくれて、俺はガッツポーズを再び出した。それから一気に脱力してベッドの上に背中から倒れ込んだ。

「良かった……良かったな奴原……」

 心の底からそう言ったのだが返事がなくて、えっなんか俺変な言い方したか? とちょっと不安になったが違っていた。

 奴原は戸惑う素振りを滲ませながら、

『ええと、生えましたが、……明日どうしますか?』

 と聞いてきた。

「あー、目玉食っちまったもんな今……」

『はい。今日取れた側の目玉は、現在僕が持ってはいるんですが』

「それも渡してくれれば食べるぞ。あ、いや、生じゃなくて何かしら調理してだけど」

『それは、もちろん。手元にある分は僕が自分で食べてもすぐには生えないと思いますし、久坂部さんに差し上げたいです』

「おー、食う食う。……俺の部屋に持ってきてもらうより、やっぱ予定変更して奴原さんの部屋まで行ったほうがいいか? 見え方とかどう?」

『視力は取れる前と変わりません。眼鏡がぎりぎり不必要なラインの見え方です』

「……なんか、それも変だな? 真新しいもんになるわけじゃねえのか……」

『そう言われればそうなのですが、急にパーフェクトな視力になられても生活しにくそうです』

「裸眼なら、まあいいのか」

『はい』

 一旦会話が途切れる。いや奴原との電話が初めてなもんで、喜びがついつい込み上げてきて一気に話しちまった。空気を変えようと咳払いを挟んでからスマホを手に上体を起こす。

「じゃあ、明日は俺が奴原さんの部屋行くよ。んで、その後二人で俺の部屋に移動しよう」

『……? 久坂部さんが僕を迎えに来る、という話ですか?』

「うん。出歩かせるのが心配なんだよな、目玉生えたばっかだと」

 目玉生えたばっかって何なんだよと言い終わってから思った。

 奴原は珍しい素振りでううんと唸り、目玉……、と独り言のように呟いたあと、

『なら、お願いします』

 俺の提案を受けてくれた。だいぶ嬉しい。俺のこと信用してくれたっていうか甘えようかなと思ってくれたことが……嬉しい。

 ガッツポーズをまた出した。なら明日の午前中に部屋まで迎えに行くと申し出て、予定を軽く詰めた後にそろそろ寝ますと言われた。夜更かしはよくない。

『おやすみなさい、久坂部さん』

「うん、おやすみ奴原さん」

 やり取りがかなり恋人っぽいなと思いながら電話を切る。口の中はいつの間にか眼球の生臭い感触がなくなっていたけどしっかり歯磨きをしてから布団に入り、迎えに行くのも残りの眼球での料理も二人で過ごすおうちデートも楽しみだなとニマニマしながら目を閉じた。


 翌日は雨だった。傘を差して意気揚々と出掛け、眼球スープのレシピを脳に浮かべつつ、奴原の部屋のチャイムを鳴らした。奴原はすぐに顔を出したが俺を見るなり深く頷き、部屋の中へと引き込んできた。

「おお、なんだなんだ?」

「作ってみたんです、眼球ハンバーグ」

 薄く微笑みながら告げられた。部屋の中のテーブルには二人分のハンバーグが置いてあり、あー奴原さんってば俺に甘えたと見せかけてちゃっかり眼球調理しちゃったんだ〜とちょっとだけずり落ちた。

 何にせよ俺が作らないことになり、眼球が入っているらしいハンバーグ、いざ実食の段である……。


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