8 お世話になるつもりです

 どこの店もびっくりするくらい混んでいると思ったが意外にもすんなり入れた。それもそのはず、なんと奴原が予約してくれていた。ものすごく雰囲気のいいダイニングバーで、料理もアルコールも楽しめる人気の店のようだった。カップルもいるが男女数人のグループが楽しく酒と料理を楽しんでいたりもする。俺はぶっちゃけあまりオシャレな店などで食事をしないので店内に入った瞬間から別世界を感じつつあったが、悟られないように「こういう店いいよね〜」という面構えで通された席に向かった。

 奥の方にある四人がけのテーブルだった。

「料理内容は特に予約してませんので、姫野さんと市平さんが加わっても問題なかったんですよ」

 座ったところで奴原が言った。なるほどな……と納得しながら俺はメニューを二人の間に置いた。

「まあ、せっかくなんだし二人きりの方が……いいと思うぜ……」

「ええ、僕たちはマジカルギャザーのことはわかりませんし」

「あっ、そっち?」

「姫野さんと市平さん、ずいぶん意気投合されてましたしね。邪魔をするのもよくないです」

 俺と奴原の話をしたつもりだったけどイマイチ伝わらない。でも奴原のこのちょっとしたズレは段々クセになってくるところもある、付き合いがじわじわと刻まれていくにつれて味が出てくる感じがする。

 マジカルギャザーはよくわからないが、とりあえずメニューを開いてお互いに料理を注文した。俺は特製ソースのハンバーグ(ご飯つき)と控えめにグラスビールを選び、奴原は特製ペペロンチーノとカクテルを選んでいた。あとお互いにアヒージョをつけた。一言二言話している間にアルコールが届いたので乾杯してから改めて奴原に向き直った。

「奴原さん……」

「はい」

「クリスマス誘ってくれて、俺めちゃくちゃ嬉しいよ。奴原さんと会えたらいいなと思ってたからさ……」

 よっしゃ噛まずに言えた! と内心でガッツポーズした。実は一人暮らしの部屋の中で何回か練習していたのだ……カッコよくお礼を言うために……。しかし相手は奴原である。先ほどのようにちょっとしたズレが起こるかもと思っていたが、意外にも笑顔で受け取ってくれた。

「久坂部さんにはお世話になりましたし、これからも末長くお世話になるつもりですので、このくらいぜんぜん」

 そう言いながら奴原は自分の右腕と左耳に触れた。確かにそれについてはお世話をしたというかありがたく食べさせていただいて新しい部位ゲットに貢献はしたけども、なんというか俺は、台詞の後半を脳内で何回か反芻してじわじわと喜びを感じ始めていた。

 これからも末長くお世話になるつもり。いや確かに俺たちは部位が取れたら集まって食べようという約束によって関係を続けてはいるんだけど、その期間がどのくらいかってのは特に決めてはいなかった。でも奴原は末長くと口にした。ニュアンスとしては取れ続ける限り、で間違いないと思う。そして取れるのは遺伝かもしれないとか、お母さんは奴原を産んだあとに取れなくなったとか、この前泊まった時にそういう話を聞いた後だったから俺は余計に込み上げた。

 悩みではあるはずの部位取れを俺とは末長く共有したいと奴原は思ってくれている。


 クリスマスディナーはいい雰囲気で進んだ。またいつものお互いが好きな小説の話をしたあとに、俺は仕事の話をした。アクセサリーショップ、奴原はあまり行かないようだったけども俺が話せば聞いてくれた。

 アクセサリー、俺には武器みたいなもんだ。武装しておけばとりあえず安全だ。心の支えとしてアクセサリーを持つことは、俺を筆頭にそう変なことでもない。

 奴原は俺の話を聞いた後に、

「今度、久坂部さんのお店に行ってみたいです」

 って言ってくれた。もちろん歓迎だった。俺は俺で奴原の働くショップに行ってみたいと話を広げ、今年中は無理だが来年にでもと約束をして、いつの間にかいい時間になっていたので店を出ることにした。

 お互い終電も近いから駅で別れた。そこで俺はやっと密かに用意していたクリスマスプレゼントを奴原に手渡した。

「これは……?」

「俺の好きな小説本、良かったら読んでくれ」

 奴原は頷きながら笑い、また連絡します、と頭を下げてから乗り場の方へと消えていった。


 もう正直ほぼ付き合ってるだろこれと思うくらいにはいい雰囲気のクリスマスだった……。俺は電車に揺られながら余韻に浸っていて、ふつうに最寄り駅を過ぎかけた程度には浮かれていた。

 俺と奴原が次に会うのは年明けの、新年初部位取れの時だった。

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