7 違う、違うんだ

 姫野はにこにことしながら俺に近付いて来た。ある意味恐怖を覚える邂逅だ。だがそのタイミングで俺の降りる駅に辿り着き、よし逃げよう! と思いはしたがなんでもない顔で一緒に降りてきやがった。まあでかめの駅だから目的地なのかもしれない。姫野を尻目にちらっと確認してみれば「降りる駅同じかい」という顔で市平さんも降りていた。しれっと隣を歩いている姫野は目ざとく俺の視線に気付いた。

「あの女の人も知り合い?」

「まあ……」

「いいじゃん! こんばんは〜」

 何がいいじゃんなんだよと言う暇もなく姫野は市平さんを捕獲した。彼女は「なんで話し掛けてきたん?」という顔のあとに接客で培ったと思われる笑顔を見せた。

「こ、こんばんは〜、ご無沙汰してます、市平です〜……」

「私は初対面だよ! 姫野って言います、クサくんの昔なじみ」

「そうなんですね、あはは、はは……」

「市平さんはここが最寄り駅?」

「あ、いえ、ちょっと寄りたいところが」

「え〜? 私と同じだったりして! そうだったら一緒に行こうねー」

「めっちゃグイグイくる今風女性やな……」

 市平さんの顔に出る台詞と声の台詞が一致した辺りで改札を抜けた。もうめちゃくちゃ離れたかったんだが姫野がついてくるから必然的に話し掛けられている市平さんもついてくる状態になっていて、どうしたらいいんだよと思っている間に目が合った。もちろん奴原と。黒のロングコートが非常に似合っていたしわかりやすいように改札近くで待ってくれており俺に向けて手を上げた。だが後ろに女二人を連れているのを見て三秒くらい動きが止まった。

「奴原さん、違う、違うんだ」

 何よりも先に弁解が出た。奴原の前で立ち止まると姫野・市平さんもつられたように足を止めて、ここに謎の四人パーティーが誕生してしまった。

 きょとんとしていた奴原は、姫野を見ると少しだけ驚いた。

「お久しぶりです、姫野さん」

「奴原さんじゃん! お久しぶりです」

 そうだ二人は知り合いだった。てことは一人だけわりと浮くのではと気付いてしまい、市平さんを見る。キャパオーバー気味みたいで顔は何も訴えて来ていなかった。シンプルにこう、固まっていた。

「クサくん、奴原さんとクリスマスディナーの約束してたのかー」

「そうだよ、だからついてこられて俺は、俺は……」

「それに関してはわりとマジでごめん」

 姫野は悪いやつではないので謝ってくれた。

「まー邪魔もしないからさ! 私と市平さんはこの辺りでお暇を」

 と笑顔で告げて、

「私もッッ!?」

 市平さんはかなりデカい声で驚いた。二人はそのまま何やら話し始めた。俺は今のうちに奴原と……と思って奴原の腕を示すようにとんとん叩いて、視線を合わせてから行こうぜって小声で促したけど奴原は女性二人をもう一度見た。

「僕は彼女たちも一緒で構いませんよ」

「エッ」

「せっかく久坂部さんが連れてきてくれたんですし……」

「あっいやそれは、めちゃくちゃ誤解というかたまたま電車で会っ「アグロ使いそうやのに水色単!?」

 俺の弁解をクソデカボイスで遮ったのは市平さんだった。それはそれとしてアグロってなんだよと思ってつい二人の様子を見ると、何やらカードらしきものを手に携えていた。

「アグロも嫌いじゃないけどさあ、最近水色の冷たい理論武装を気に入ってて。この駅近くのショップに欲しかった水色系土壌カードがあるみたいだから買いに行きたくてさ」

「いやわかる、私もカード買いに来たんです。……せやけど水色なあ……真紅に闇入れた紅闇とかやったらどうなんです?」

「それは市平さんのデッキが紅闇ってこと?」

「そうやけど!?」

 なんだあれは……と思っていると、

「ザ・マジカルギャザーですね」

 奴原が解説してくれた。そしてザ・マジカルギャザーという単語に反応した二人が同時にこっちを向いて、姫野が一歩踏み出してきた。

「え、え、奴原さん、できるの?」

「あっいえ、ものを知っているだけなので、遊び方はまったく知らず」

「めっちゃおもろいですよ……! 特に紅闇混合は……!」

 市平さんが間髪入れずに食い込んで来て、なんというか顔には「ユーザーを増やしたい」と思いっ切り書いてあったから、俺は急いで奴原の腕を引っ張った。

「俺たちはこれからメシだから! お前らはカードショップ? さっさと行かないと欲しいやつ売れちまうんじゃないか!?」

 今日一番のデカい声が出た。奴原は目を丸くしていて、市平さんはハッとした顔で「しまったつい」と言っていて、姫野は口元に意地が悪めの笑みを浮かべた。

「はいはい、それはその通りだし、デートの邪魔してごめんねクサくん!」

「お、おう、メシ行くんならまた後日に……」

「わかってるって。市平さん、行こ!」

「はい!」

 すっかり姫野と意気投合した市平さんである。姫野は手を振り、市平さんは頭を下げ、並んで俺たちに背を向け歩いて行った。

 二人がいなくなると駅自体の喧騒が耳に届いた。クリスマスソングが流されていて、行き交う利用客は楽しそうな雰囲気の人ばかりだった。

「えーと、奴原さん」

「はい」

「お騒がせしました、食事に行こう」

 奴原はまばたきのあとに笑みを漏らし、俺が歩き出すと隣について来てくれた。ほっとした。不快にさせたり困らせたりしてはなかったみたいで安心した、もしまずい雰囲気になっていたら後で姫野(と申し訳ないが市平さん)に文句をつけまくるつもりでいた。

 こうしてクリスマスディナーの仕切り直しは始まったのだ……!

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