6 遺伝らしいんですよ

 十二月半ばを越えた辺りで客数が明らかに伸び始めた。何せみんな大好き聖夜が差し迫っているから、相手用でも自分用でもプレゼント的なものが必要なのである。年末年始が近いことと冬のボーナスが出たことも合わさってみんな財布の紐が緩めだ。どんどん使っていこう、新作アクセサリーはいかがでしょうか。

 俺はバリバリとアクセサリーを売りながらクリスマスまでの日にちを数えていた。あと一週間くらい、とあと十日の時点で思うくらいにはウキウキしてた。

 なんせあれだ、クリスマスディナーだ。奴原の申し出は当然受けたし、俺は客の手首にブレスレットを巻きながら泊まりの夜を思い出す。


 クリスマスのお誘いをしてきた奴原はやはり暗闇の中でしっかり目を開けていた。それ自体はなかなか怖いがそんな場合ではなくて、俺は返事が遅れてしまった。

「お忙しいですかね?」

 と重ねて聞かれた後にやっと首を振った。

「いける、いけます」

「あ、本当ですか?」

「本当本当、二十時は過ぎちまうかもしれないけど」

「それは僕もなのでお気になさらず」

 奴原は微笑んだ。俺は布団の中で密かにガッツポーズをしていた。

「クリスマス会えるの、楽しみにしてる」

「はい、よろしくお願いします」

 こうしてハッピーディナーの約束を取り付けたが喜びのあまり多少目が冴えてしまって、暗い中でぽつぽつと雑談を交わし始めた。大体は他愛のない話だった。俺のおすすめであるミステリー小説を今度奴原が読んでみると言ってくれて嬉しかったり、最近は電子書籍もわりと買うと言い合ったりした。

 なんの流れだったか忘れたが、眠る直前に奴原の耳、というか部位の話を聞いた。なんで取れるのかはじめに聞いた時に教えてもらえなかったことを覚えていたから部位取れに関する話をしてくれるとは思わなかった。

「遺伝らしいんですよ」

 奴原は仰向けに寝転がりながら呟くように言った。

「母親が、昔はよく取れていたそうで」

「そりゃたいへんな……、ん? 昔?」

「はい。今はまったく取れなくなったんです」

「……じゃあ奴原さんも、年齢と共に取れなくなっていくのか?」

「うーん……どうなんでしょう」

 濁したのか本当にわからないのか、どっちにしろ奴原ははっきりした答えは口にしなかった。でももし加齢で治まるならその方が良いに決まっている。ランダムに腕やら耳やら取れるの、ふつうにめちゃくちゃ不便だろう。奴原には健やかに過ごしてほしい。今できるのはすぐ生えるようにソッコー食べちまうことくらいで、俺はなんて無力だ……とちょっとだけ思っていた。

「僕に遺伝したから、なくなったのかもですね……」

 奴原は独り言みたいに言ってから欠伸を落とした。眠そうだったからおやすみと声を掛けて、それ以上は追わなかった。追わなかったけど、いやマジでそれなら万が一俺とハッピーカップルになったら子供できねえんだからずっと取れ続けるってコト!? と一気に考えて何とも言えない気持ちになりながら眠りに落ちた。

 翌朝はふつうだった。それぞれふつうに起きて、まったりと奴原の作り置き朝ごはん食べて、昼前に二人で部屋を出た。ネグレクト猫ちゃんはいなかった。久坂部さんが見慣れない相手だから怖くて出てこないのかもですねと言われて地味にしょんぼりしながら俺の部屋へとぼとぼ帰った。

 そこからの今である。


 クリスマスディナーについて考えている間に仕事は終わり、帰宅する。

 このルーティンを俺はクリスマスまで繰り返した。好きな相手やら付き合っている恋人やらとクリスマスを過ごすのはひさしぶりでもあって余計に俺は浮き足立っていたんだ。特に用事はないが奴原にメッセージなど送ったりして、ささやかながらちょっとしたプレゼントを用意したりもした。

 そしてやってきたクリスマス当日。高かったからあまりつけないシルバーのネックレスなどつけてみて、当日にプレゼントを買いに来るカップルたちの接客を張り切って行なった。俺ももうすぐ君たちのように想い人と会えるんだよ。そう思うだけですべての恋人たちに福音あれと言いたくなった。心の中では言った。メリークリスマスすべてのチルドレン……あっ二十時!

「店長、帰ります」

「あーなんか彼女できたんだっけ」

「まだ付き合えてないですが、キメてきます」

「しゃあねえなあ、頑張って来いよ」

 心の広い店長に深々と頭を下げてから俺は爆速で帰宅準備をした。店は二十一時閉店なんだが客はまだいて、いや本当に店長めちゃくちゃ優しいなと思いながら再度深々頭下げて外に出た。寒かった。すぐにスマートフォンを確認して奴原に今終わったと連絡して、集合場所である二つ先の駅まで急いで向かう。

 奴原と落ち合いクリスマスな雰囲気にお互いなんとなく照れてしまう……そんな中二人でいい感じの飲食店へと歩き出す……隣り合う距離は案外と近く、俺たちは……。

 とか妄想していたけどぶっ壊された。

「あれっクサくん?」

「弟の上司!」

 電車の中で見たことある二人がそれぞれ違う位置から俺に話し掛けて来た。姫野は行動範囲被りつつあるからともかく、市平(姉)は頭の中で言ったことが口に出ちゃったみたいだった。

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