5 あれっ怖いな?

 えっマジで泊まっていいの? 俺は硬直しながら奴原に聞いた。奴原はきょとんとしてから首を横へ傾けた。

「明日お休みだとさっき話していたので、このまま泊めてゆっくりしてもらった方がいいかなと……」

「いやまあ……でも奴原さんは明日仕事? だよな?」

「そうですが遅番なので、朝はかなり余裕あります」

 悩んだ。めちゃくちゃ悩んだ。酒は入っていないがもしかしてワンナイトしてしまう流れかもしれないと思いました。もちろんやぶさかではないけども俺と奴原は正式にお付き合いをしてはいない。ずるずるセフレのようになってしまうと恋人になりにくかったりもする。いやセフレというか今のところ部位食べ友達というか……イートフレンド……カニバフレンド……?

 とにかくワンナイトはこう、避けたかった。俺の焦りを見透かしたような顔で奴原が微笑んだ。

「何もしませんよ……」

 あれっ怖いな? ホラー好きな相手だってわかってるからなかなか怖いな? 今度は別の悩みがポップアップしてきたな?

 そう思いながら奴原を見つめた。十秒くらい無言で見つめ合った。そして俺は心を決めた。

「泊まる」

「あ、良かったです」

 奴原は黒くて長い髪を揺らしながら立ち上がり、部屋のクローゼット内から緑色のジャージ(上下セット)を取り出した。

「これ、寝る時に使ってください」

「お、おう、ありがとう」

「お風呂貯めます?」

「あっいやそこまでは……シャワーでオナシャス」

「わかりました。先行ってもらって大丈夫ですよ、これバスタオルです」

 テキパキ用意されあれよあれよと俺は浴室へ踏み入った。洗面台の鏡を覗くとぽかん顔の自分が映って、身に付けたピアスやネックレスがまあ頑張れよと言っている気がした。


 期待しなかったと言えば嘘になる……。

 もちろんシモの話だ。シャワーを浴びてアクセサリー類をまとめて持ち、奴原に待たせたなとキメ顔を披露しかけたけどもギリギリで引っ込めた。奴原はにっこにこだった。手料理が並んでいた机には「奴原厳選! ホラー初心者久坂部にも読みやすいホラー特集!」って感じでホラー小説がずらりと並んでいた。

「こちら、おすすめのホラー小説です……」

 奴原はにたりと笑ってからバスタオルを持って立ち上がる。

「シャワーに行ってきますので、良かったら気になるものから開いてみてください。僕のおすすめは……そうですね……墓地をながめる家ですかね」

「……めちゃくちゃ怖そうなんだが?」

「めちゃくちゃ怖いですよ、ホラーですからね」

 そう言い残してホラー識者は浴室へと消えていった。なるほどね、俺を泊めたがるわけだこれ。好きなものを存分にプレゼンする趣味活ナイトが幕を開けるというわけだ。

 でも奴原の気持ちはわかる。小説好きでそこそこ読む人って言うほど見つからない。はじめからSNSで仲間を探せばその限りじゃないんだろうけど生身のプライベートでは無理がある。だからこそ俺たちは出会って話して好きな作家や小説が一部被って、こうして仲を深めるに至っているのだ。

 シャワーの音が聞こえる中、おすすめらしい墓地をながめる家を手に取った。タイトルがもう不穏だし表紙絵の雰囲気が絶妙に不気味だ。絶対に怖い。確信しながらそっとページを開いてゆく。

 そして夢中で読んでしまった……。

 墓地を眺められる一軒家を買った家族がとんでもない怪異に襲われる話で、もうだめだおしまいだと絶望の中に落とされて、俺は冬以外の理由で寒くなった。はっとした時には一時間以上経っていて、とっくの昔にシャワーを終えていた奴原はベッドに座りながら何かしらのホラー小説をパラパラとめくっていた。

「や、奴原さん……」

「あっ、読了されましたか」

 奴原は本を閉じてこっちを見る。いかがだったでしょうか? と聞きたそうな顔をしている。

 俺はそっと本を机に置き、

「怖い……」

 素直でシンプルな感想を言った。満面の笑みに出迎えられた。

「そうなんですよ、その本はとにかく怖くてですね」

「いや本当に怖かったなんだこれ? 救いはないんですか?」

「ないんですよ、怖いですね」

「ホラーの中でも夢山平雪作品はぶっ飛んでるから笑えるけど、こういうガチのマジの心霊ホラーって人の手に負えなさ過ぎてとにかく怖いんだな……?」

「その通りです久坂部さん!」

 奴原はめちゃくちゃ嬉しそうな声になっていた。心底ホラーが好きなのだとわかる様子にほっこりする気持ちが湧いてきて、墓地家怖過ぎの余韻が薄くなっていく。まあでも奴原はぜんぜんまだホラーの話をしている。不気味な雰囲気の作品が好きだと輝く瞳で話している。うーん、ほっこり。同時にホラーって奥深いなと知識が深まっていく。

 話しているうちに時間が過ぎた。日付も変わってしまって流石にそろそろ寝ようってお互いに焦り、俺は奴原が床に敷いてくれた布団セットの中に入った。毛布付きであったかい。もしかしてワンナイトあるかもなんて思っていたことが恥ずかしいくらい充実した小説談義タイムだった。

 次はいつ頃会えるだろうか。今回はひと月後だったけど、体ってのは頻繁に取れるのだろうか。寝返りを打ってベッドの方に体を向けて、話し掛けようとしたが声は止まった。奴原が思いっ切り目を開けたまますでに俺のことを見ていたからだった。

「久坂部さん」

「お、おう」

「クリスマスはお互い仕事だとは思うんですが、食事くらいは行きませんか?」

 俺めちゃくちゃ間抜けな顔したと思う。まさか奴原が部位抜きで誘ってくれるなんて考えもしてなかったんだから。

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