4 お口に合いますように……

 まずは味噌汁からいただいた。ちょうどいい味噌加減で、人参牛蒡大根という根菜尽くしがたいへん美味しい。味噌汁、寒い冬には持って来いの最強スープだ。出汁の風味もほっとする。次に一旦レンコンの揚げ物を食べた。確かに揚げ立てではないんだけど充分美味いしレンコンの歯応えって今飯食ってるなー! という気分になるから俺は好きだ。空いている穴はアクセサリーみたいなもんだし見た目のバランスも好ましい。

「美味いよ、奴原さん」

「ありがとうございます」

 奴原は頭を下げて鶏肉の唐揚げをもぐもぐと咀嚼する。鶏肉も余裕で美味そうなため俺もひとつ食べさせてもらった。染み込んだ下味が絶妙であり、ご飯に合うに違いないと続けて白米をかき込んだ。美味い。労働終わりの疲れた体に広がる美味さ。あと何と言っても自分で作るわけじゃなく人が作って待っていてくれたというのがプライスレスで美味さが跳ね上がっている。

 もうこの時点でハッピーすぎてめちゃくちゃ満足だったがこの晩餐の目的はそうじゃない。

「じゃ、もらうぜ……」

「はい。お口に合いますように……」

 箸を置いた奴原が両手を祈りのポーズで組んで様子を見つめる中、俺は耳の唐揚げをそっとつまみ上げて自分の皿へと移動した。

 耳。もうそのまま、耳だ。確かに大きさ的には細かく切るようなものでもない。皮は剥いたって言ってたな。一口でパクッといっちゃうか。

 耳全体を口の中に放り込む。衣の美味さがまず感じられて、案外と柔らかい軟骨が奥歯の間にちょうど来た。噛むと千切れるようにほぐれて鶏肉と同じ美味さの味付けが広がった。全体を数回噛んでから白米を一口食べる。醤油ベース下味と甘みのある白米のコラボレーションが誕生して俺はなんとなく頷いてしまう。

 あのね、ふつうにめっちゃ美味い。いや人間の耳って美味いのな? コリコリした軟骨部分とフワフワした耳たぶ部分の両方が一気に楽しめて口の中が喜んでいる。もうぜんぜん余裕で完食した。

 飲み込んで息をついて、じっと待っていた奴原に親指を立てて見せると安心したような笑顔を見せてくれた。可愛かったからちょっとキュンとしちゃった。

「美味しかった、マジで」

「それなら本当に良かったです……!」

「いやもう、そもそもの味付けが好みだし美味い。耳はもちろんだけど鶏肉もレンコンも美味いよ、味噌汁もめちゃくちゃちょうどいい」

「ベタ褒めじゃないですか、照れます」

「どんどん照れてくれ、あと米もう一杯もらいたいんですが」

「あっ入れます」

 奴原は俺の手から茶碗を受け取り白米をせっせと摘んでくれた。感謝しながら受け取って、残りの揚げ物と一緒に米を食う。ちらりと見れば奴原も肩の荷が降りたみたいで箸を持ち食事を再開していた。箸の持ち方が綺麗だ。些細なことだが好感度がまた上がる。

 食事を続けながら、奴原の本棚の話をした。見事に並んでいるホラーの類が壮観で圧倒されて本当にホラーが好きなんだなとよくわかる、という感想を述べた。奴原は表情を明るくしてホラーについて話してくれた。子供の頃に読んで怖い! と思った怪異系の民話の本があったらしい。そこで引かずに怖いんだけど惹かれる物があると考えた奴原(小学生)は、図書館で子供向けの色んなホラーを読むようになったという。

 なるほどなと思う。なんせ俺だってミステリーを選びがちなのは、母親が集めていた探偵シリーズをなんとなく読んでみたのが始まりだ。原体験。それが大人になっても人生に響いているのが何とも言えず奥深い。

 奴原はエノキの揚げ物をかじってから、どこか遠くを見るような目付きになった。

「その怪異の民話なんですけど、タイトルがまったく思い出せず……」

「マジか、それはめちゃくちゃ気になるな……?」

「そうなんです。祖母の持ち物だったと思うんですが」

 ならけっこう古い本なのか? 聞いてみるが表紙の雰囲気も紙質も思い出せず、家にまつわる呪いっぽい民話だったってことだけをぼんやり覚えている程度らしい。なるほどあいまい文庫だ。俺は元々ホラーに詳しくないから「あれかな?」とすら思えない。力になれなくて残念過ぎる。

「万が一これかもってやつ見つけたら言うよ」

 と約束するだけで精一杯だ。奴原が頬を緩めながら頷いてくれたことが救いである。

「あ、そういや耳生えた?」

 思い出して問い掛けると奴原も今思い出したみたいで自分の左耳の位置に手で触れた。それから少しだけ目を見開き、貼られているガーゼを指で引っ掻くようにバリッと剥がした。

 左耳は生えていた。俺は勢いよくガッツポーズした。

「今回は中途半端に残したりもしてねえし、聞こえ方も問題ないかな?」

「たぶん……もう少しなにか、適当に話し続けてみてもらっていいですか?」

「了解了解、えーと、もうすぐクリスマスだからクリスマスプレゼント買いに来るお客さんがほとんどで、閑散期に比べたら客数自体増えてていい感じなんだけどやっぱ疲れは溜まりつつあるな。明日は休みだから昼ぐらいまで寝てなんとか英気を養いたい……どう?」

「ばっちりです、問題なく聞こえます」

 最高! とでかめの声で言ってしまう。いやでも最高だ、何のトラブルもなく新しい部位が生えてくる方がいいに決まっている。

 料理は平らげたし奴原の耳も生えたし、今日のミッションと奴原との会合はこれにて完遂だ。時間を見ると終電がかなり近付いていた。そろそろお暇しなければ。

 と思っていた時代が俺にもありました。

「久坂部さん、先に浴室使っていいですよ」

 はじめから泊まらせるつもりだったらしい奴原のこの一言により、俺の中の天秤はめちゃくちゃ大きく揺れていた。

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