2 僕の部屋にしましょうか

 耳が取れたとな。俺は夜の中を歩いて帰路のバスに乗りながら奴原からのメッセージを五往復くらい読んだ。はじめに取れて食べたのが右手だから小振りに感じるけども耳取れんのだいぶ不便じゃないか? と心配になる。いや右手も不便だけどさあ。耳取れちゃったら音がめちゃくちゃに聞こえにくいんじゃなかろうか?

 なんて考えていたので返信がかなり急ぎになった。以外やり取りである。

『左耳? 右耳? 大丈夫か? すぐ食べて生やそう』

『あ、左耳です。ありがとうございます』

『いつ暇?』

『次の火曜か金曜なら都合がつきます』

『火曜の夜十九時以降はいける?(どっちも仕事だったから早番の方にした)』

『いけます。僕の部屋にしましょうか』

『えっいいけどなんで』

『お仕事なんですよね? 準備しておきます、耳の晩餐』

『手料理!?(テンション上がってバスの椅子から立ち上がりかけた)』

『はい。揚げます』

『あっなんかふつうにうまそう』

『この間の角煮は久坂部さんに作ってもらいましたので今回は僕が。仕事は休みですし夕飯用意して待てます』

『(カップルのようだ……とジーンとして若干返信遅れた)ありがとう!めちゃくちゃ楽しみにしてる』

『良かった。調理がんばります』

 ここで「ガンバロー!」というスタンプが送られてきたから「ヤッター!」というスタンプを押し返してメッセージは終了した。そしてバスも最寄りバス停に辿り着いて俺はほくほくしながら降車した。なんというか、僥倖。いや部位が取れるのはぜんぜん良くないんだけど会えるのはヤッター! でしかないし、しかも部屋へのお呼ばれに手料理……世界が輝いて見えるよな。

 にやけてグフフって感じの笑い声が出た。息はもう白くなる季節で、グフフは白い霧になって暗さの中をゆらゆら揺れた。なるほど冬じゃねえかと肩をすぼませた。まだ笑みがこぼれてはいたが声には出さないよう努めながらアパートへの夜道を歩いた。


 奴原と会う火曜に向けて仕事をした。スタッフに火曜は絶対に残業せずに帰ると言い回って周知させ、クリスマスプレゼントの物色に来るお客様たちに誠心誠意色んなアクセサリーをおすすめさせて頂いた。

 月曜は休みなのでゆっくり過ごす、と見せ掛けて本屋に行くことにした。駅近くに大きめの店舗があるのでそこを選んだ。俺は本の虫と言うほどではないがまあ多少は小説を読む。鞠栖川鞠栖が好きだ。双頭な悪魔というタイトルのシリーズ三作目がもう最高だ。視点が交互に進んで最後に繋がりカタルシスが……カーッ思い出すだけで震えてくるぜ!

 にやつきながら本屋に入った。暖房が効いていて本当にありがたい、十二月ってのは冬で寒い。去年の記憶よりも冬だし寒い。マフラーも巻いてこれば良かったなと思いつつ文庫の新刊コーナーをうろつき始める。

 今まではあんまり目に留めなかったのだが、ホラーを固めてある一角に興味を惹かれた。正直に申し上げるが余裕で奴原の影響だ。あいつは怪奇小説やらホラー小説やらを嗜んでいて、俺はミステリー中心のヒューマンドラマ系統が多いから新鮮に感じた面もある。そういえば右手を食い切った日、二人で並んで捲った変な愛小説集に入っていた掌編について意見が分かれていた。俺がこれは純愛だなと思った掌編を奴原はホラーの匂いがしますねと微笑みながら言った。実にホラー感度が高い。やっぱり新鮮だ。

 ホラーコーナーの中から気になったタイトルをいくつか引き抜いてみた。表紙からして恐ろしいこと起きます感が醸し出されており、この時点でわりと怖い。奴原はこういうのは好きなんだろうか。俺はもし選ぶならどれだろうか……行辻綾人先生のホラーならミステリーさもあって入りやすいか。ていうか鞠栖川先生も一応ホラー寄りの心霊探偵シリーズあったか。

 考えつつあれもこれもと抜き出して物色した。とりあえず一冊、まあいろんな作家さん載ってるからなと平成最恐怪奇ホラー特集三という文庫を一冊買うことにして、鼻歌混じりにレジへと向かうが途中でごつめのメンズアクセサリー雑誌と丁寧な和食料理本も追加した。給料が出たところだったのだ。買える時に本棚に追加しておかなければ。

 レジに本を置いて現金かペイペイかと悩んでいたところ、

「本の取り合わせエグ」

 ぼそっとした独り言が聞こえて思わず顔を上げた。目が合った。本屋の店員さんはうっかりしてましたという顔になってからぺこっと頭を下げた。

 なんとなく名札見て俺は三秒くらい止まった。

「……大学生の弟います?」

 聞いてみると本屋店員の市平さんは目を丸くしながらがばっと顔を上げて俺を「こいつやばない?」という顔で見たあとに「あっお客様やったわ……」という顔をした。めちゃくちゃ百面相だった。

「あー、俺、市平くんのバイトしてる店の店員で」

「あっ……なるほど」

「お姉さんいるって最近聞いたから、もしかしてと思ったんです」

「はは……そのもしかしてです……弟がお世話になってます」

 市平さんはピッピッとレジを通しながらまた頭を下げた。腰が低い。今は気まずすぎるやんけ悪口言うてもたわという顔をしている。いやしかし自分でも本の取り合わせがなかなかかもしれないとは思う。

「ホラーは友達が好きで」

 つい弁解を始めてしまう。

「アクセサリーは仕事で、料理は自炊が趣味というか」

「そ、そうなんですね〜!」

「急に朗らかな店員感出そうとしたな……」

 独り言のつもりだったが当然届き、怒るかと思ったが市平さんは噴き出した。

「良かったらまたご来店ください」

 本の入った袋を差し出しながら言ってくれたのでとりあえず変な悪印象はつけずに済んだみたいだった。バイトくんのお姉さんに嫌われるとか悲しいから助かる。話してる間になんとなく財布出したから現金で支払って、また来ますとできるだけ明るく話して店を後にしたんだけれども俺は市平さんとは今後プライベートで会うことになる。わりと迷惑をかける。大体姫野のせいだけどもしかしたら俺のせいでもあるし奴原のせいもあるのかもしれない。


 何にせよまずは奴原の左耳だ。俺は帰宅し、買ってみた怪奇ホラー小説を読んで好きな文芸作品が入っていることに仰天し、よく見ると文学系の作家名いくつかあるとこの時点でやっと気付き、毎夜三編ずつくらい読んでいる間に約束の火曜日はやってきた。

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